図書館の本質を知らない人が増えている。


自宅のパソコンや図書館内にある検索端末で本を探し、そのメモを持って「この本どこにありますか?」とカウンターに直行してくる人が増えている。


本が今どこの図書館に在庫しているのか、返却予定日がいつなのか、予約が何件入っているのかなど、


大変便利になった検索端末ですが、


検索端末で楽に検索した後も、楽に本を手に入れようとする人が多い。


何のために自分でフロアを歩き回って自由に本を手に取り選べるようになっているのか、


検索端末で調べてカウンターに直行するなら、本棚など必要ないではないか?


まるでアマゾンの倉庫のようではないか。


自宅のインターネットで注文し、注文を受けた倉庫で物を探し出してお手元へお届け。


大変便利ではあるが、図書館はアマゾンではない。



夏休みになり、普段図書館に通っていない子どもも仕方なしに図書館に来るようになる。


そういう子の多くは、図書館に来るなりカウンターに直行し、「こんな本ありますか?」と来る。


具体的な書名すら言わず、「こんなことが書いてある本」という曖昧な問い合わせ。


まるでカウンターをGoogle検索とでも思っているかのような。


自宅でGoogle検索して何冊かの書名でも探し出してから来ればよかろうにと思ってしまう。



図書館の検索端末で特定の本を探し出した子も、カウンターに直行。


「この本どこにありますか?」とくる。


「自分で棚を探してみましたか?」と問うと、「いえ、よくわからないから・・・」


「向こうの棚にあると思うので自分で探してみて、もし見つからなかったら向こうのカウンターに聞いてみて」と言って探しに行かせると、


向こうのカウンターに直行した。


自分の子どもには自分で探究するように育てようと改めて思った。



子どもの例を挙げたが、実は大人にもこういう人が増えている。



自分で探る楽しさや自由を自ら捨てているようなものだ。


どうも最近の人は、図書館をインターネット検索のリアル版とでも勘違いしているのではないだろうか。


いっその事、本を自由に探せるようになどせず、すべてカウンターの後ろ側に置いてしまえばと思ってしまう。


どうせカウンターに直行してくるならそれでも問題はない。


そうすれば本の盗難も無くなるだろう。