その頂点たるは、三年ほど前に齢二十で即位した若き皇帝陛下である。
彼の父である先代皇帝は、かつては自ら剣を振り回して戦に明け暮れたが、世を平定するやいなや政治に対する興味を無くし、幼き頃から神童の異名をとった息子にさっさと玉座を譲り渡してしまった。
先代皇帝の遠征により、新たに帝国の属国となった国は三十余り。
新皇帝はそんな国々に自治を認め、帝国の支配は表面上は平和的なものだった。
しかし、各属国の王族にとって、帝国の動向は非常に気になるところ。
若さ故の気まぐれで、新皇帝がおかしな政策を打ち出さないとも限らない。
そうなった時にいち早く対策を錬るため、あるいは反旗を翻すタイミングを間違えないためにも、各国は秘かに諜報活動に力を入れていた。
その要ともいえる場所が帝国の中枢――皇帝陛下の執務室チビと呼ばれた少女は慌てて両目を擦ると、その場に腹這いになって下を見下ろした。
彼女達が今居るのは、日の光の届かない場所――件の帝国皇帝執務室の天井裏である。
高い天井に貼られた板に小さな穴を開け、その下で書類の山と格闘する若き皇帝陛下を眺めるのが仕事。
少女を叱りつけたのはさる属国の諜報部隊の幹部で、孤児であった彼女を諜報員として育てた男だ。
少女は父
とと
様と呼ぶが、もちろん血の繋がりはない。
男は新皇帝即位のその日から執務室の諜報任務に就いていたが、一年ほど前から少女を見習いとして一緒に天井裏に出入りさせていたのだ。
彼らは相手の名前をけして呼ぼうとしない。
そもそも最初から互いに自己紹介することもなく、この場に集うのは諜報員ばかり。
肩を叩き合う男が、どこの国の者かも知らない。
薄暗い天井裏、ましてや覆面で隠しているので顔も分からない。
互いに目だけ出し、布で覆われた口から聞こえるのはくぐもった声。
帝国皇帝陛下の執務室の天井裏では、様々な国から派遣された諜報員達がひしめき合い——
おやじ達はそう言って、むくれる少女に別の飲み物を手渡した。
牛のお乳から作られた、白くて甘い乳酸菌飲料。
彼女は口を尖らせたまま、覆面の脇からストローでちゅーとそれを吸った。
そんな少女の姿に、ヒソヒソ声で盛り上がるという器用な芸当をして見せたおやじ諜報員達だったが、天井の下で動きがあったのに気づいて、一斉にそれぞれの覗き穴に片目を押し当てた。
少女も慌ててそれに倣う。
すると、誰かがぷっと小さく噴き出して言った。