今年の春から、おいちは松庵に代わって、患者の許を訪れるようにしている。松庵に代わって・・・・・いや、まだ自分に代脈は務まらない、父の代わりなどとうてい無理だ。おいち自身が一番、よくわかっていた。
おいちにできることは、薬を届けること、患者の様子を見て声をかけ、身体の調子を聞くこと、それを松庵に告げること、せいぜいそれくらいのものだ。
自分のやっていることがとても些細なものだと、おいちは知っている。しかし、その些細な仕事が存外、病の人を励ましていることも知っているのだ。松庵から教わった。
「おまえが薬の包みなぞを持って、ひょっこりと顔を出す。それが、病人にとっては、もうそれだけで、けっこうな手当てになってんだ」
「どういうこと?」
「自分のことを誰かが気に掛けてくれている。忘れ去られたわけじゃない。そう思うだけで、人間ってのは力がわいてくるんだよ。逆に、自分は独りぽっちだ、誰からも見捨てられたと思いこんじまった患者には、どんな高直な薬も錦の夜具も役に立たねえもんさ。おまえの顔を見て、元気が出たって患者、けっこういるんだぞ」