憲政史上初の試みとして注目されてきた福島第一原発事故の「国会事故調」。政府でもなく民間でもなく、国権の最高機関である国会が、原発事故の原因や背景を調査し、二度と同じことを繰り返さないために「満場一致」で設置した調査委員会である。この事故調では原則公開がうたわれていたことから、多くの参考人が公開の場で質問に答え、国内外のメディアやフリージャーナリストが取材した。公開で行われたことが大きな理由である。
7月6日に衆参両院議長に報告書が提出され、この委員会は解散となったが、報告書そのものはどうやら「店ざらし」になって、埋もれてしまいそうな状況だ。民主党も自民党もトップの選挙があり、しかも「近いうち」には解散総選挙という雲行きでは、とても事故調の報告書などにかまけてはいられない、というところだろうか。
思惑が違ったのだという解説もある。この事故調を利用して現在の民主党政権を攻撃する材料にしようと考えていたのに、結果的には、菅政権の事故対応のまずさだけでなく、過去の自民党の「失政」(例えば原子力安全・保安院の在り方など)も厳しく指摘されてしまった。そのため、国会事故調の黒川委員長を参考人に呼ぼうという話も自民党や民主党の反対によって実現していない。国会が初の試みとして設置した国会事故調の報告を、何ら審議することなくお蔵入りしてしまったら、それこそ憲政史上の汚点となる。菅首相流の言い方をすれば、「歴史への反逆」だ。
政府事故調や国会事故調の報告書が出る前に、政府は関西電力大飯原発を再稼働した。野田総理は「東日本大震災と同じ程度の地震や津波に襲われても、メルトダウンは起きない」と述べた。「事故は起きない」と言い続けたのが「安全神話」。その安全神話がもろくも崩れたのが福島第一原発の炉心溶融事故。その意味では「メルトダウンが起きないように対策をした」という言い方そのものは安全神話を一歩も出ていない。こうなってくると、国会事故調は、単なる国会議員の自己満足、もっと悪く言えばアリバイ作りだったのかと思いたくもなる。
しかし事故調が明らかにしたさまざまな問題点は決して無視していいものではない。それは原子力の安全という問題だけでなく、わが国のさまざまな病巣に迫る問題を指摘しているからである。その中でも最もわが国の将来にわたる問題は、シナリオを描く能力である。
●そんなことはありえない
「そんなことはありえない」という言葉は、多くの専門家が口にする。例えば1994年1月、アメリカのロサンゼルスで大地震が起きた。そして高速道路が倒壊した。それを視察に行った土木の専門家たちは「こんなことは日本では起こり得ない」と語った。そのちょうど1年後、神戸を襲った大地震で高速道路はいとも簡単に倒壊したのである。そして慌てた道路当局は、首都高の橋脚に鉄板を巻くという緊急工事を行った。中国の「新幹線」が事故を起こしたときも、鉄道の専門家は「日本では起こり得ない事故」と評した。幸いにして同じような事故は起きていないが、それでも「絶対安全」とはなかなか言い切れないのが普通である。
今回の福島第一原発事故に関しては、原子力安全委員会の斑目委員長が、二度、この「ありえない」ということを明言している。一度目は、事故前に国会で「全電源喪失」について問われ、電源はすぐに復旧するのでそんなことを考慮する必要はないという主旨の国会答弁を行った。そして全電源喪失によって原子炉の冷却が止まり、原子炉がメルトダウンを起こした。二度目は、水素爆発である。「そんなことはありえない」と菅首相に助言して間もなく、水素爆発によって原子炉建屋が吹き飛んだ。
専門家として能力があったかどうかはあえて問うまい。それでも科学者として「そんなことはありえない」と軽々しく口にしたことの責任は重い。ついでに言えば、二度の間違いに懲りた斑目委員長は、原子炉への海水注入に伴う際臨界の可能性を問われ、菅首相に「可能性は排除できない」と答えた。この結果、菅首相の疑問に答えるために、海水注入をめぐって現場と本店の間でやり取りがあり、予定よりも時間がかかった。
可能性がゼロということと、可能性が限りなく小さいということの間には、明確な線がある。ゼロでなければえ起こり得るということだ。飛行機が墜落する可能性は小さいが、われわれは事故のリスクを受け入れて利用している。自動車でも事故は起きる。だからといって、自動車の利用をしないという人はいない。リスクを受け入れている。
原発の問題は、リスクがゼロであると言わなければ原発を受け入れてもらえなかったというところにある。だから安全神話が必要だった。地元住民も安全神話を信じた(少なくともそういう人が多数を占めた)。そして国会事故調でも明らかになったように、実は専門家(例えば原子力ムラの人々)もこの安全神話を信じ、規制当局(原子力安全・保安院)も同様に信じていたことである。
起こり得るシナリオを可能性の大きさとは関係なく描くこと。常にプランAの他にプランBを用意すること。これがさまざまな局面で必要なことだと思う。国の政策はもちろん、企業経営も同じことだ。
外交でも同じようなことが言える。2009年、民主党が政権を取り、鳩山首相が誕生したとき、「東アジア共同体」「対等な日米関係」「(普天間基地移転は)最低でも県外」と言った。この3つのキーワードがやがて、ロシア大統領の北方領土訪問、韓国大統領の竹島上陸、そして尖閣諸島への中国の圧力という形で実を結んでくると鳩山首相は想像していたであろうか。少なくとも現在の言動を聞いている限り、そんなシナリオを考えついたとはとても思えないのである。【藤田正美】
(ITmedia エグゼクティブ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120822-00000028-zdn_ep-sci※この記事の著作権は、ヤフー株式会社または配信元に帰属します