〇2026年7月9日(木)〇

消化器内科の先生の指示で、MRIを撮影。

透明の少しトロミのついた水分を飲むように検査技師から指示があり、出された半分くらいを飲んで検査。
検査時間は15~20分だった。

検査だけだったので、終わって診療費等の支払い手続きをして終わり。

 

MRIってヘッドホンを装着するんだけど、装着するとガーガー・ゴーゴー・ギコギコギコ…みたいな音がだいぶ軽減されて、目を閉じてるのもあって、音に慣れると寝そうになっちゃうんだなって気づいた。でも…

音に慣れ寝そう…😪

呼吸の支持が入り起こされる😯🫩

楽にする😮‍💨

音に慣れ寝そう…😪

呼吸の支持が入り起こされる😯🫩

楽にする😮‍💨
 

この繰り返しなんです、私のMRI😂
「寝させてくださーい😂」

って思いながら検査を受けてました😅

 

 

〇2026年8月13日(木)〇

血液検査と診察のために受診。

 

~消化器内科・診察~

MRIの画像を見ながら、状態としては急を要さないとの話あり。

胆石を摘出したいと希望を伝えたら、摘出手順とスケジュールの説明をしてくださった。

 

スケジュールとしては、2度の入院が必要。いずれも最低期間は3泊4日。

1度目の入院で前処置

3ヶ月後

胆石摘出

というかたちになるらしい。

 

急がないと言われたので、「仕事のスケジュール調整してみます」と回答した。

 

ちなみに、血糖とHbA1cの値が高く、肝胆膵外科で内分泌代謝内科の紹介状を書いてもらったらどうかと打診あった。

数値見てビックリした…人生最高値だった…😓

 

 

~肝胆膵外科(主治医)~

MRIの画像をこちらの先生もみたらしい。

治療の説明をされたと報告。

先生は「早くても年内に治療を開始したほうが良いと思う」と仰った。
 

しかし、私には転職活動が控えていて、面接の調整まで話が進んでいた。

他にもやらねばならぬことがあるし、人生で大きなイベントが実行される予定も控えていた。だから、次回の診察で計画を回答すると伝えた。

 

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主治医と話したときに、私のことを心配してるとわかっていながら「私の人生のプランにかかわることなのに…」と大人気もなく目に涙を浮かべてしまった…。

毎週定期的に訪れる寝不足やらパートナーのことやらを一色単に「悩み」フォルダに格納してしまったがばかりに、脳のリソースがパンクしそうだった所へ治療の話が出た。だから、「もう何も聞きたくない」という気持ちもあったんだと思う。

 

これに気付いて、悩みの分類をしたら少し楽になった。

 

今後のやることリスト

 

①会社へ受診の結果(治療の話が出たため)と転職活動の報告

②転職活動継続

去る7月3日は私の誕生日でした👏🎂

なんてこったい…気づいたら40歳だよ私…。
2005年10月に急性肝炎を罹患し、劇症肝炎に病変、7日間の時空を飛び越えて私は目覚め、そして肝移植手術をすることが決まった。それが忘れもしない2005年11月3日(文化の日/明治天皇生誕日)。それから10日ほど経った11月15日に私は生体部分肝移植を受けた。
肝移植の経緯についてはまたどこかで記事に残せたらと思っている。

まぁ、これが無ければ私は今、ここに居ないし、甥っ子や姪っ子とも遊べてない。そして、パートナーとも出会えていない。生きてるからこそ起こった縁だとは思ってる。

10代は部活に明け暮れ、19歳で生体部分肝移植を受けた。ここで私の運命の歯車が狂った。
20代は肝移植後の定期通院とその後に罹患した再生不良性貧血、その治療、腰椎椎間板ヘルニアと…大きな?病気と闘って(再発の不安含めて)過ごした10年だった。28歳の誕生日に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受けた。NPO法人の事務局で手伝いもしてたっけ…。
30代はヘルニアに対する手術の後遺症とともに過ごしながら、初めて就職というものをした。ずっと興味のあった世界だったので、意気揚々と仕事をしていたけれど、それが通らない環境に異動になり、ただいま転職活動中。

いつからか、私の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」になった。英語で言うと「Every cloud has a silver lining」らしい。
20代で命に関わる関わらないに関係なく、年間約400人しか罹患しない病気罹ってみたり、罹患者が10万人に対し0.8人しかいない病気に罹ってみたりして、私の精神は鍛えられた気がしてる。泣いたり怒ったりした回数は、人生最大だと思うよ。
本来なら生きているうちに1つ1つゆっくりと経験するであろうことを10代ラストイヤーから20代ラストイヤーまでの10年で経験した。そりゃ、心は爆発するわな…若いもん。

30代は肝移植後の拒絶反応が起きにくい原疾患(特発性)であることと、再生不良性貧血の再発がなかったこと、腰椎ヘルニアによる神経痛がなくなったことで、やっと“色んなことから解放された”と感じられて、とても楽しい日々を送っていた。自分の不注意により、右足も左足も骨折したけどね😂
あとCOVID-19ね。2021年と2025年に2度、罹患したな…1回目は出勤停止からの復職後もしばらくは深呼吸ができなくてね…それが本当に辛かった。

なんかね、まだまだ働かなければならないのだけれど、病気やケガを色々と経験してきたし、家庭環境が変わったことによる精神的な疲れもあって、隠居したいです(笑)出来るなら、のんびり過ごしたい…。
もしかしたらね、他の人が社会で経験するしんどいことを私は病気で経験したのかもしれないけれど、種類が違うから比較できないし…。既に疲れております、私😅

40代はね、どうやって過ごしたいとかは何もない(笑)呼吸だけはし続けようと思う。パートナーとどんな未来が待ってても、私は私だからね。他の誰でもないのよ。とりあえず、40代のうちにアイバンクには登録するわ。

1ヶ月も空いてたわ…🙄近況を覚えてる限り残していこう🤔
ちなみに、GW明けに転倒した(*on Time*転倒)投稿が最後だった。

○2026年5月○

GW明け早々に転倒した際に擦りむいた膝や肘は転倒後2週間ほどで治癒した。膝は滲出液の量が多くハイドロコロイドパッドを3~4日に1度、交換しなければならなかった。肘は膝よりも3日ほど早く治癒した。傷の深さが段違いだったから当然のことだと思う。

23日(土)に父と一緒に祖母に会いに行った。とにかく耳が遠いから、コミュニケーションが大変だったけど、まだ息子や私の顔は分かるようだった。認知症は最後に会った時からはそこまで進行しているようには見えなかった。ここには詳しく書けないけれど、祖母は祖母でした😂


○2026年6月○
11日(木)に定期受診。詳しくは別記事に。この診察にて消化器内科の先生にも顔つなぎをすることとなり、翌週(18日)に消化器内科を受診した。初診だったから待たされたけれど、午後のアポイントメントには間に合うように帰れたので良し。

14日(日)に妹①と甥っ子の誕生日祝いという事で妹①のリクエストにより、回転寿司を食べに行った。私はこの回転寿司屋は初めてだった。鮪の解体ショーで捌きたての鮪を食べられた。とても美味しかった。お寿司の後には、陶器の卸問屋さんがやっている半額セールに回転寿司メンバーで行った。私は欲しかったサラダボウルやグラタン皿、そばちょこなどを購入した。この買い物の後は妹②宅へ移動し、妹たちと喋ったり、姪っ子・甥っ子などとお散歩に行ったり、妹②が用意してくれたケーキを食べたりした。夕飯も一緒に食べて、帰宅した。次の15日(月)の仕事は寝不足と疲れがとり切れなかったのとで、1日を乗り切ることで精いっぱいだった💦

25日(木)に、母が展示会のチケットをいただいたとのことで、母と一緒に参加してきた。ランチまでの数時間だった。色んな展示会が一堂に会していて、私的にはhugeに感じた展示会だった。気になるところはあったけど、人の多さに圧倒されてしまって疲れ果てた…😓
見たい所だけ見て、会場を後にした。地元に戻ってきてから休憩をとり、買い物をして帰った。
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ここまでの体調は、肝機能の数値が高止まりしている状態だけれど自覚症状はなく、胆管炎も起こさずに受診を終えた。