先週フラリと帰ってきた娘の日輪子が、
今夜は小振りの真っ赤な林檎を両手に持ち帰った。

16の歳から自分では食べぬ果物を買ってくるのは、
大抵失恋した時だった。
果物は亡くなった妻と下の息子しか食べぬから、
五つでも大量だった。

「姉さん、紅玉は生食には向きませんよ?」

台所で林檎を押し付けられ、
剥くよう命じられた祥司が呆れ顔で呟く。

「煮るに決まってんだろ…オマエが!!」

やれやれ…嫁のもらい手が悉く去り、
その度に仏壇が果物の香りに包まれる訳だ。

下げた三つ編みが母親と瓜二つだった頃は、
何処へも嫁がせぬと息巻いたものだったが…
今となっては…この気性に堪えうるならば
遺産をすべてくれてやっても構わぬとまで思う。

「お父様、アップルパイとコンポートどっちにする?」

「パイだな」

「構いませんが…パイ生地までは作れませんよ?
もう一度あの店へ戻ってください…PHSもお忘れなく!」

ふふん。
これ見よがしに居間に置き去りにした
PHSに幾度も着信があったな…。

アレとて檀家だらけの家の外では、
奇特な旦那候補に怒鳴り散らしはせんと践んだか。
祥司のビジョンに誰かとあの店で出会す姉の姿が映ったか。
どちらにせよ林檎は男二人で食べる事になりそうだな。
娘が荒々しく玄関を出るのを待って声を掛けた。

「酒で煮てアイスクリームと一緒に食えんか?」

「良いですね。
四つはそうしましょう…
パイは六つで出来る大きさで良いでしょう」


食い方も知らぬ物を十も買ってきたのか?
呆れる訳だ。
器用にするすると真っ赤な皮が開け放したゴミ箱に梯子を下ろす。
良妻賢母の母親代わりにならんと
何もかもを身に付けてしまった次男をしげしげと見つめる。

不精で伸びた髪から形の良い高い鼻が突き出している。
この子の祖母から受け継いだ切れ長の瞳は、
何時も満足していなかった。
かといって不満げな素振りなど一度として見せなかったが。

「オマエも婚期を逃すタイプだよなぁ…日輪子とは真逆の意味で」

「まだ修士したばかりです。
結婚の話など…ゾッとしないな」

そういえば浮いた話を聞いた事が無いな…。
けして評判は悪くない。
寧ろ手放しで絶賛されている筈なのだが。

「オマエは女嫌いだったか?」

「姉さんみたいなのは…
世の中の女性の中で稀だって事くらいは分かってますよ」

一瞥だけして一瞬口角を上げてみせたが…。成る程。
この理屈っぽさは女を寄せ付けようが無いな。
幼馴染みの陽亮ならば「ふざけんなよ」の一言だろう。
痛みかけたこめかみを押さえる。

家事勉学武道…好き嫌いはあれど、
手をつけた事は全て、中の上レヴェル以上の成績と腕前に上げ
実際出来ぬ事といえば、
興味の無い相手にまったく優しく出来ぬ事だけの
この自慢すべき息子の将来は、真っ暗闇なのだ。

厭わしい相手にも平等に微笑みを向けられる者こそが、
真の幸福を知る事が出来る。

「やれやれ…何処をどう間違ったかね?」

酒瓶からグラスにも香りを別け、二つのグラスを軽く鳴らす。

「父さんが分からないものは私にも解りかねますね」

火に掛けた鍋が揺れる度に得も言われぬ芳香が広がる。

「オマエは…対人力の優れた女性と一緒になった方が良いな。
慈愛に満ちた女性だ…家事が一切ダメでもな」


まさか娘が増えるのに二十年以上も掛かるとは思ってもみなかった。
家を出て陽亮と同じ稼業に就くのは視えていたが…。
厄介な能力を遺伝させてしまったものだ。

長女からの電話で、
大きな荷物を抱えて不憫な次男は静まりかえった外へ出掛けた。

入れ違いに改まった陽亮が訪ねてきた。祥司をくれと言いに。

アイツの退屈そうな瞳を起こしてくれるならと、
智慧の実を三人で食べ、
極道入りを許した初雪の夜だった。


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆2011.01.23


初公開140文字
から

書き下ろしてみますたたたた~ん♪



預けているLUCK書きとは、関係
ものっそいあるお話でつ



何度もまた添削すると思います

「twnovel」は編集不可ですからね~

かなり度胸要ります

暫くはやらないかもめ(苦笑


丑三つ時になっちゃった~

お~やす~みなっさ~い
ペタしてね
げつようび、ふぁいと!!
「行ったらお昼休みに逢える?」

珍しく彼女からメールが入った。
スケジュールを確認し諾の返信をする。

「社長、雪ですよ」

宮本が微かに声を弾ませる。なるほど。
都会の風景画と化した窓にやっと気付いた。

「初雪だな…」

昔流行った歌に感化されての逢瀬ねだりか。


一緒になってから季節の移ろいの瞬間を必ず二人で迎える。
先週は早咲きの桃を見つけたと待ち合わせて二人で見に行った。

離れ離れで同じ時間の空を共有していただけの時も幸せは感じられたが、
やはり阻むものが無くなった以上は
すべてに感謝したくなるほどの幸福感を寄り添って共有したい。
欲深くなったというよりは、
目の前にある幸せのひとつも取りこぼさぬ様に大切にしたいのだ。


「社長、本日は15時に携帯が繋がれば問題ありませんよ」

滅多にない彼女のささやかな甘えに
宮本の方がスケジュールを調整してまで甘やかし始めた。
彼女の携帯へ電話してみる。

「久しぶりにロシア料理食べたい!
実はもう新宿に居てね…良さそうなお店を見つけたの」

二年で随分と体力をつけたものだ。
十年前の彼女ならば仕事以外の時間は殆ど休養に充てていたというのに。

「優秀な秘書がオフをくれましたよ。
貴女の用事が済んだら向かいます」

口をつく言葉とは裏腹に既に上着をクローゼットから出していた。
一緒になって初めての暮らす街での雪に私も相当浮き足立っているな…
ポーカーフェイスが苦手な宮本は必死で笑いを堪えて部下に目配せされている。

「マフラーも忘れずにね…左手よ」

!?振り返ると防弾窓の外テラスで彼女が手を振っていた。
宮本は気付いていたのだ。

もう危険は有り得ぬのだから、
一般的な社長室を見習って最上階へ移すか…。
外階段のある中二階に社長室を構えた当時は、
まだまだオヤジも我々も武闘派で鳴ならしていたので
社員に危害が及ぶのを最小限にすべく此処にした。
宮本だけは当時からのボディガードだ。
他のボディガードはすべて除籍の際にオヤジに就けた。
今は陽に就いている。


「お気をつけて」

昔ながらに先にテラスに立ち、
私に背を向け周囲に気を配りながら共に階段を降りる。
不良の銃撃戦が日常茶飯事の国で警官だった男は、
一旅行者の日本人と恋に落ちてついてきたのが元で
巡り巡る縁で私の最初のボディガードとなった。
宮本とは女房殿の苗字なのだ。

「何度見てもテンション上がります」

祖国では雪は降らなかったそうだ。
この街とて滅多に降らぬから、
好い思い出になる一日を増やしてやりたい。

「今日は好きにしてろ…じゃあな。転ぶなよ」

小遣いを渡し後ろ手を振って
彼女の肩をしっかりと抱いて歩く。

舞い散る雪か私かのどちらかしか見て歩かぬから危なくて仕方無い。
早々に腰を落ち着けたいものだ。

「濁点だらけの名の店は外は見られそうなんですか?」

「窓もあるし暖炉もあったの!中はとても素敵よ」

喫煙席の有無を訊きに突入したな。
信号待ちで立ち止まると、
空を向いて口を開けて雪を待ち構えている。
上から口唇で塞いだ。

「お腹壊しますよ?」

こういう時は父譲りの身長に感謝する。
球技はすこぶる苦手だったから、
高一で今の184センチまで伸びても活かす場面が無かったのだ。
柔道と剣道の成績も身長に反比例して伸び悩んだ。
弓道だけが努力のままに報いたな。
雪の道場は美しかった。
そんな話をしながら着いた店は、
なかなかに雰囲気のある良さそうな構えだった。

窓を見渡せる席へ通してもらうと
雪に心浮き立つ街の人々が柔らかく観えた。

雪でロシア料理という発想は無いらしく、
店内は常連客しか居なかった様で
店主がわざわざ奥からにこやかに挨拶に来た。
好みを訊いて丁寧にメニューを勧めてくれた。


「初雪って東京の子になると特別よね…
名古屋も滅多に降らなかった気がするけど、
離れ過ぎて思い出せないな」

そういえば仏道から一旦降りた日も初雪だったな。

八王子では先週降ったと義兄が言っていた。
あの日脳裏に映った男は十年掛けて姉との結婚に辿り着いた。
親父は初雪の度にあの夜を思い出したのだろうな。
つくづく生き長らえてこられた事に感謝する。
極道へ入って親父より先に逝ってしまっていたら、
陽の人生は闇と化しただろう。

「チラッと八王子に顔出さない?」



そうだな…新しい思い出を上書きしてやる義務がある。
店主に土産になりそうなものを追加して頼んだ。


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆2011.0131