「行ったらお昼休みに逢える?」
珍しく彼女からメールが入った。
スケジュールを確認し諾の返信をする。
「社長、雪ですよ」
宮本が微かに声を弾ませる。なるほど。
都会の風景画と化した窓にやっと気付いた。
「初雪だな…」
昔流行った歌に感化されての逢瀬ねだりか。
一緒になってから季節の移ろいの瞬間を必ず二人で迎える。
先週は早咲きの桃を見つけたと待ち合わせて二人で見に行った。
離れ離れで同じ時間の空を共有していただけの時も幸せは感じられたが、
やはり阻むものが無くなった以上は
すべてに感謝したくなるほどの幸福感を寄り添って共有したい。
欲深くなったというよりは、
目の前にある幸せのひとつも取りこぼさぬ様に大切にしたいのだ。
「社長、本日は15時に携帯が繋がれば問題ありませんよ」
滅多にない彼女のささやかな甘えに
宮本の方がスケジュールを調整してまで甘やかし始めた。
彼女の携帯へ電話してみる。
「久しぶりにロシア料理食べたい!
実はもう新宿に居てね…良さそうなお店を見つけたの」
二年で随分と体力をつけたものだ。
十年前の彼女ならば仕事以外の時間は殆ど休養に充てていたというのに。
「優秀な秘書がオフをくれましたよ。
貴女の用事が済んだら向かいます」
口をつく言葉とは裏腹に既に上着をクローゼットから出していた。
一緒になって初めての暮らす街での雪に私も相当浮き足立っているな…
ポーカーフェイスが苦手な宮本は必死で笑いを堪えて部下に目配せされている。
「マフラーも忘れずにね…左手よ」
!?振り返ると防弾窓の外テラスで彼女が手を振っていた。
宮本は気付いていたのだ。
もう危険は有り得ぬのだから、
一般的な社長室を見習って最上階へ移すか…。
外階段のある中二階に社長室を構えた当時は、
まだまだオヤジも我々も武闘派で鳴ならしていたので
社員に危害が及ぶのを最小限にすべく此処にした。
宮本だけは当時からのボディガードだ。
他のボディガードはすべて除籍の際にオヤジに就けた。
今は陽に就いている。
「お気をつけて」
昔ながらに先にテラスに立ち、
私に背を向け周囲に気を配りながら共に階段を降りる。
不良の銃撃戦が日常茶飯事の国で警官だった男は、
一旅行者の日本人と恋に落ちてついてきたのが元で
巡り巡る縁で私の最初のボディガードとなった。
宮本とは女房殿の苗字なのだ。
「何度見てもテンション上がります」
祖国では雪は降らなかったそうだ。
この街とて滅多に降らぬから、
好い思い出になる一日を増やしてやりたい。
「今日は好きにしてろ…じゃあな。転ぶなよ」
小遣いを渡し後ろ手を振って
彼女の肩をしっかりと抱いて歩く。
舞い散る雪か私かのどちらかしか見て歩かぬから危なくて仕方無い。
早々に腰を落ち着けたいものだ。
「濁点だらけの名の店は外は見られそうなんですか?」
「窓もあるし暖炉もあったの!中はとても素敵よ」
喫煙席の有無を訊きに突入したな。
信号待ちで立ち止まると、
空を向いて口を開けて雪を待ち構えている。
上から口唇で塞いだ。
「お腹壊しますよ?」
こういう時は父譲りの身長に感謝する。
球技はすこぶる苦手だったから、
高一で今の184センチまで伸びても活かす場面が無かったのだ。
柔道と剣道の成績も身長に反比例して伸び悩んだ。
弓道だけが努力のままに報いたな。
雪の道場は美しかった。
そんな話をしながら着いた店は、
なかなかに雰囲気のある良さそうな構えだった。
窓を見渡せる席へ通してもらうと
雪に心浮き立つ街の人々が柔らかく観えた。
雪でロシア料理という発想は無いらしく、
店内は常連客しか居なかった様で
店主がわざわざ奥からにこやかに挨拶に来た。
好みを訊いて丁寧にメニューを勧めてくれた。
「初雪って東京の子になると特別よね…
名古屋も滅多に降らなかった気がするけど、
離れ過ぎて思い出せないな」
そういえば仏道から一旦降りた日も初雪だったな。
八王子では先週降ったと義兄が言っていた。
あの日脳裏に映った男は十年掛けて姉との結婚に辿り着いた。
親父は初雪の度にあの夜を思い出したのだろうな。
つくづく生き長らえてこられた事に感謝する。
極道へ入って親父より先に逝ってしまっていたら、
陽の人生は闇と化しただろう。
「チラッと八王子に顔出さない?」
そうだな…新しい思い出を上書きしてやる義務がある。
店主に土産になりそうなものを追加して頼んだ。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆2011.0131
珍しく彼女からメールが入った。
スケジュールを確認し諾の返信をする。
「社長、雪ですよ」
宮本が微かに声を弾ませる。なるほど。
都会の風景画と化した窓にやっと気付いた。
「初雪だな…」
昔流行った歌に感化されての逢瀬ねだりか。
一緒になってから季節の移ろいの瞬間を必ず二人で迎える。
先週は早咲きの桃を見つけたと待ち合わせて二人で見に行った。
離れ離れで同じ時間の空を共有していただけの時も幸せは感じられたが、
やはり阻むものが無くなった以上は
すべてに感謝したくなるほどの幸福感を寄り添って共有したい。
欲深くなったというよりは、
目の前にある幸せのひとつも取りこぼさぬ様に大切にしたいのだ。
「社長、本日は15時に携帯が繋がれば問題ありませんよ」
滅多にない彼女のささやかな甘えに
宮本の方がスケジュールを調整してまで甘やかし始めた。
彼女の携帯へ電話してみる。
「久しぶりにロシア料理食べたい!
実はもう新宿に居てね…良さそうなお店を見つけたの」
二年で随分と体力をつけたものだ。
十年前の彼女ならば仕事以外の時間は殆ど休養に充てていたというのに。
「優秀な秘書がオフをくれましたよ。
貴女の用事が済んだら向かいます」
口をつく言葉とは裏腹に既に上着をクローゼットから出していた。
一緒になって初めての暮らす街での雪に私も相当浮き足立っているな…
ポーカーフェイスが苦手な宮本は必死で笑いを堪えて部下に目配せされている。
「マフラーも忘れずにね…左手よ」
!?振り返ると防弾窓の外テラスで彼女が手を振っていた。
宮本は気付いていたのだ。
もう危険は有り得ぬのだから、
一般的な社長室を見習って最上階へ移すか…。
外階段のある中二階に社長室を構えた当時は、
まだまだオヤジも我々も武闘派で鳴ならしていたので
社員に危害が及ぶのを最小限にすべく此処にした。
宮本だけは当時からのボディガードだ。
他のボディガードはすべて除籍の際にオヤジに就けた。
今は陽に就いている。
「お気をつけて」
昔ながらに先にテラスに立ち、
私に背を向け周囲に気を配りながら共に階段を降りる。
不良の銃撃戦が日常茶飯事の国で警官だった男は、
一旅行者の日本人と恋に落ちてついてきたのが元で
巡り巡る縁で私の最初のボディガードとなった。
宮本とは女房殿の苗字なのだ。
「何度見てもテンション上がります」
祖国では雪は降らなかったそうだ。
この街とて滅多に降らぬから、
好い思い出になる一日を増やしてやりたい。
「今日は好きにしてろ…じゃあな。転ぶなよ」
小遣いを渡し後ろ手を振って
彼女の肩をしっかりと抱いて歩く。
舞い散る雪か私かのどちらかしか見て歩かぬから危なくて仕方無い。
早々に腰を落ち着けたいものだ。
「濁点だらけの名の店は外は見られそうなんですか?」
「窓もあるし暖炉もあったの!中はとても素敵よ」
喫煙席の有無を訊きに突入したな。
信号待ちで立ち止まると、
空を向いて口を開けて雪を待ち構えている。
上から口唇で塞いだ。
「お腹壊しますよ?」
こういう時は父譲りの身長に感謝する。
球技はすこぶる苦手だったから、
高一で今の184センチまで伸びても活かす場面が無かったのだ。
柔道と剣道の成績も身長に反比例して伸び悩んだ。
弓道だけが努力のままに報いたな。
雪の道場は美しかった。
そんな話をしながら着いた店は、
なかなかに雰囲気のある良さそうな構えだった。
窓を見渡せる席へ通してもらうと
雪に心浮き立つ街の人々が柔らかく観えた。
雪でロシア料理という発想は無いらしく、
店内は常連客しか居なかった様で
店主がわざわざ奥からにこやかに挨拶に来た。
好みを訊いて丁寧にメニューを勧めてくれた。
「初雪って東京の子になると特別よね…
名古屋も滅多に降らなかった気がするけど、
離れ過ぎて思い出せないな」
そういえば仏道から一旦降りた日も初雪だったな。
八王子では先週降ったと義兄が言っていた。
あの日脳裏に映った男は十年掛けて姉との結婚に辿り着いた。
親父は初雪の度にあの夜を思い出したのだろうな。
つくづく生き長らえてこられた事に感謝する。
極道へ入って親父より先に逝ってしまっていたら、
陽の人生は闇と化しただろう。
「チラッと八王子に顔出さない?」
そうだな…新しい思い出を上書きしてやる義務がある。
店主に土産になりそうなものを追加して頼んだ。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆2011.0131