しんどかったー!!
毎日10時間×10日間=100時間の瞑想。
24時間×10日間=240時間の自分との一対一で向き合う時間。
終わったよん。
バラナシで出会ったかねやんも急遽参瞑想修行の覚悟を決め、参加決定。
一緒に3日の夕方にから10日間の瞑想修行にいってきました。
参加者は12名のみ。
インド人8人、外国人勢は私を含め4人(うち一人はリタイヤ)
涼しい気候の地域では参加者は多いけど、ここは暑いのでがらき穴場スポットでしたw

この瞑想修行の目的は、自分の「浄化」。
自分のけがれをなくし、すべての者を許せるようになること。
変な宗教団体でもなければ、世界中のどんな宗教の人でも参加OK.
仏教徒だけでなく、クリスチャン、スィク、ヒンドゥも全ての人たちに門戸が開かれています。
ここでは5つの戒律を守らなければなりません。
一 生き物を殺さない。
二 盗みを働かない。
三 性行為を行わない。
四 嘘や悪い言葉を使わない。
五 酒・麻薬の類を摂らない。
これがこの10日間の修行の大前提です。
まあ私にとってはそんなに厳しいものではないかな。
ネパールでゆっくりできたのがよかったけど、激ハードな移動で再発した腰痛・背部痛が不安材料でした。
それに加えて、初日から女の子の日がスタート(公にするもんでもないけど)重なるときは重なるね。
3日に、瞑想センターに入所して、明日からコース開始かと思いきや、着いたその日の夜にいきなり瞑想開始。
まず、じっと姿勢よく座っていること自体が結構難しい。
そして自分の集中力のなさに気づく気づく。
ヒトがどうしてるのか気になる。気になる。
ちょつと薄目をあけてまわりを見るが、みんな仏像のように固まって動かない。
かねやんとは近くにならないように配慮されていたため、同じ列。隣の隣。
めっちゃルール違反だけど、ちょっと身を乗り出して、一緒にがんばると誓ったかねやんの様子を伺う。
かねやんも動いてないし、もう一度気を取り直すが、彼のまっすぐな目力と落ち着いた風貌を思い出すと、かねやんならなんなくこの修行をクリアしそうな気さえしてきた。
みんなが余裕のよっちゃんに見えた。
コースの1日目から3日目まではアナパナという修行法をひたすら繰り返す。
簡単に言うと、自然に呼吸している状態、その呼吸に集中する。
鼻のあたりから唇の上を底辺としてそのあたりにどんな感覚があるか感じなさい。
感じなさい。
オブザーブ。観察しなさい。
ひたすらに観察しなさい。
先生にどんな感覚があるのかを聞かれ、
鼻に入っていく空気は少し冷たく、でていく空気は温かくなってる。
と答えると、それは呼吸の感想です。w
感覚は?ほかには?と。
幾通りもの感覚を見つけなさいとのこと。
3日目には少し、観察の範囲を小さくしてより繊細にとぎすまされた感覚を感じなさい、と
ここに来るまでは瞑想というのは、ひたすら無になるということだと思っていたので、こういったことに集中せよ、といわれたのは意外だった。
瞑想にはいろんな種類があるんだそう、そう一般的に浮かぶのは、「無になる」というものだが、今回のヴィィパサナ瞑想法というのはどうも違うものらしい。
精神集中には変わりないけれど。
そしてアナパナ瞑想の修行がコンプリートし、3日目の夜、明日からヴィパサナ瞑想の訓練に入りますと言われた。
今までは、集中しやすいように範囲をせばめていたが、これからは全身の感覚を研ぎ澄ませていく。
頭から足のつま先までを順々にチェックしていく。
昼休みに呼び出しがかかり、どんな感覚があるか先生に聞かれる。(どうもここは受講者が少ないのできめ細かく指導がはいるんだって、ラッキー)
私がいくつか体に感じた感覚を言うと、ほかには?
ほかには?
とくる。
幾千もの感覚を感じなさいと・・・。
せいぜい感じても20もの感覚を感じることが精一杯。
そんなに形容詞知らない、、とか思いながら。
いかんいかんw素直な心でと思い直し
再び、
瞑想に入る。
ここに来てから、毎日10時間ホールで瞑想をしていた。
全く集中力もちません。
MAX集中しても30分くらいだったと思う。
たいてい、10分くらいで集中できなくなってきて、いろんなところに思考が飛んでいく。
いままでの旅を振り返る、日本にいたときのことを振り返る。
働いていたときのこと。
こんなことあったな、こんな素敵な人たちに出会ったなあ。
これからどういう旅にしていこう、どういうルートでまわろう。
いままでのことが次から次とエスパーばりに思い出してはフラッシュバック。
このブログを見てくれているみんなのことは一人一人考えたよ。少なくともね。
過去にとらわれてはいけないとは思ってる。
でも過去を分析することは必要。
じゃないと、直感は養われないし、信じられないと思う。
でも、おかげで、私はこのあと10日間、毎晩みんなの夢を見ることとなった。(うなされたりはしてないよ。
過去を分析したと思ったら、今度は未来のことへ思考が飛ぶ。
未来へのシュミレーションは楽しくて仕方がない。
自分の欲求の通りにことが動かせるから。
頭の中で、いくつものシュミレーションをしてはかき消し、その繰り返し。
こういうことなら幾千もの通りを感じることができる。
ヴィパサナ瞑想はよく考えられてる。
呼吸という、生きている人間が誰しも持っているシンプルなものをベースにして、精神を統一するということ。
ただひたすら、
equanimity 心を平静にして
Patiently忍耐強く
Observe 観察しなさい
この言葉が繰り返し先生の口から。
毎晩、2時間談話があって、今日のヴィパサナの復習・明日の予習、仏陀に関する話etc.
10日間、日本語の談話を小さな部屋で2人で隣できいていたにも関わらず、一度も話さず、一度も目を合わさず、という徹底振り。
そんな状況でもあり、この談話(カセットテープ)の時間は私を満たしてくれる時間でもありました。
書くことも話すことも人との接触も避けているので、この空っぽの身に、談話が一層染みる感じ。
その中での話し。
① 「人生は泣くことから始まる。」
赤ちゃんがどうして泣くのか知ってるか?
赤ちゃんは10ヶ月もの長い間、目も開けられず、手足も伸ばせず、ひたすらお母さんのおなかの中で耐えていたのです。
酸素が欲しいから泣くのです。
人は何かが欲しいと泣いて求めるのです。
泣いてもっともっとと泣くのです。
② 「人は2度生まれ変わって初めて人生だ。」
鳥が卵として生まれ、殻を破って出てきたように、人は無知で生まれ、そして殻を破り知恵をもってこそ、人生。
10日目、自分以外の人との接触が認められたとき、
待ちにまったかねやんとの久しぶりのコンタクト。
目が合った瞬間の2人の第一声は
「お つ か れ!!!!」
「しんどかったー!!!!」
でした。
しかもかねやんはホッとした瞬間から、いきなり高熱だったみたいです。

このヴィパサナに参加したことのある、じっちゃんとけんちゃんには、体力的てよりも精神的にきついと思うよ。
と、聞いていましたが、
私は、精神的よりも体力的に相当つらかったです。
それでも、ラスト メディテーションの時間と言われたときは、
あれほど苦痛だったその時間が終わってしまうのが惜しくて、もっとやりたい気持ちにさえなりました。
ほんとにあんなにしんどかったのに。
不思議なもんです。
そして、最終日にちらっと目が合った程度のコンタクトしかとってないけど、このサルナートの地、このセンターで一緒に瞑想した生徒たちがなぜかいとおしいです。
オールモストインド人ですけどw
余談だけど、
つらい経験をともにするというのは、私にとっては大事。
楽しいことを共有するより、つらいことを一緒に耐えた仲間は、連帯感がもてるよね。
ここのゲートを出たとき、
今までのすべてのもの、すべてのこと、すべてのひとに対して許せた自分がいた。
生まれたものは消える。
それは自然の摂理でもある。
















