まずは外観からご紹介していこうと思います。

 

家を建てようと思ったとき、ああしたい、こうしたいと希望があったのはほぼほぼ家の中のことばっかりで、外観に関してはとにかくこだわりはありませんでした。

外壁材にサイディングやらガルバリウムやらの種類があるのも知らなかったし、家の色も「何色の家がいい」という希望も全くと言っていいほどありませんでした。

結局は青のガルバリウムを採用しているのですが、なぜ青になったかについては散々このブログで書いてきたので、ここでは省略します。

ただ、出来上がりにはものすごく満足していて、かっこいいなあ、と我ながら思うのですが、近所からみると予想以上に目立つ色だというのは予想外でした。

屋外に関しての唯一と言っていいほどのこだわりは、玄関ポーチからカーポートまで屋根の下を歩いて移動できる動線です。

元々はビルトインを希望していたのですが、予算的に諦めざるを得なかった経緯もあって、せめて雨や雪の日に濡れずに車まで移動できるような設計をお願いしました。

あとは、除雪が極力少なくて済むように、カーポートが公道ギリギリに面していること。

市の除雪が雪を持って行ってくれることを期待してのことです。

朝車を出すときに、最小限の除雪で出発できることを考えました。

この駐車場が公道に面しているという希望は土地探しをする前の段階からあって、オープンハウスに訪れたある大手のハウスメーカーの営業さんから、「平屋だと、日当たりなんかを考えて南側にある程度余裕が欲しいことを考えると、北向きの土地を探すといいですよ。」というアドバイスをもらい、馬鹿の一つ覚えみたいに間口の広い北向きの土地を探し回りました。

希望の条件の土地は探せたのですが、難点は土地が広すぎたこと。

ただ、当時土地探しに疲れ果てていたのと、もうすべて完璧な土地なんかなくて、なにかを妥協しなきゃいけないんじゃないかということでこの土地の購入に踏み切りました。

その代償としてできたのが、裏庭です。

使いもしない裏庭。

ぶっちゃけもう一軒建てられるんじゃないかっていうくらい土地が余っていて、流石にそこに砂利を敷いておくだけだと寂しいので、防草シートと人工芝を敷いています。

こだわりなんかなかったのに、庭なんかいらなかったのに、余った土地をつぶすだけに、ものすごい外構費がかかりました。

ものすごいお金がかかったのですが、今は朝ロールスクリーンを上げて見える景色が砂利砂漠じゃなくてよかったな、と思っています。

 

テラスはなんでできたのかわかりません。

希望していたのかさえも覚えていません。

随分初期から「テラス」と口にしたいたような気がするのですが、なぜなのかわかりません。

余談ですが、家を建てると決まってから、とにかくEvernoteを活用しました。

影の功労賞です。

これなしには家を建てることができたのかどうかさえもわかりません。

とにかく、なんでもメモしました。

普段暮らしていて、「あ、あれが足りない」だとか、「あれは付けておいた方がいいな」だとか思いついたり気づいたりしたらすぐにメモを取っていました。

建築会社からもものすごい数の図面が上がってくるのですが、それとにらめっこして、訂正してほしいところなんかは思いつくたびに全部メモしていました。

大事なのは、「思いついたらすぐ」ということで、「今度営業と会ったら話そう」だと絶対に忘れてしまうので、とにかく打ち合わせの時は言い忘れがないかメモをみて確認していました。

他にも、買わなきゃいけない家具の寸法だとか、気になる通販サイトや、いいなと思った他の家のデザインやアイディア、全てEvernoteにクリップしてひとつのフォルダにまとめていました。

Evernoteじゃなくてもいいのですが、これから家を建てられる方は、すぐにメモしたり、気になったサイトをまとめられるメモアプリを用意しておくと便利だと思います。

話を戻しますが、「家の希望」という、当初から、カーポートとか、シューズロッカーだとか、ビールやゴミを置くスペースだとか、調光ダウンライトだとか思いつく限りのアイディアをまとめてあるメモがあるのですが、そこに「テラス」が出てくるのは結構後半になってからです。

なんとなくですが、土地が余っていたのと、予算が限られていて家の中が広げられなかったことに対しての苦肉の策だったような気がします。

まあ、とにかく、家を建てるということが決まって、浮かれた自分は夏テラスでビールを飲みたいと思うようになったのでしょう。

 

当初はウッドデッキを希望していました。

絶対的にウッドデッキです。

とはいっても、本物の木材を使うと腐るし、実際に自分は手入れなんかをしたくはなかったので、木に見える材質のデッキを希望していました。

これも実際は予算の関係でタイルデッキに変更しているのですが、完成した今、これも見栄え的にも、メンテナンス的にも、タイルにしておいて良かったなあと思っています。

タイルの色は、一番最後まで迷ったところです。

先月まで迷っていました。

頭の中では最初からグレーで決めていて、グレー以外の色なんて考えたことがなかったのですが、建築士が出してきた内観パースのタイルの色が、ベージュっぽい今の色だったのです。

もちろんそれまで建築士とタイルの色について打ち合わせたことはなかったのですが、こっちが当たり前にグレーと思っていたところに、急に別の色が提案されると、「えー!?もしかしてこっちの方が素敵なんじゃないの!?」という迷いがでます。

アパートにタイルのサンプルを持ち込み、色んな建築会社のオープンハウスに出向いてはタイルの色をチェックする日々。

結局旦那と相談してベージュを採用していますが、これも結果的に大正解だったと思います。

外壁が青で暗いので、黄色系を持ってきたことで、全体的に明るい雰囲気になりました。

自分的には絶対思いつかない配色だったので、内観パースでチョイスをくれた建築士に感謝しています。

 

テラスと玄関ポーチの天井は木目調にしています。

結構奮発したところです。

当初はなるべく外は安く上げて家の中を贅沢したいと思っていたので、こんなの茶色の塗りつぶしでいいと思っていたのですが、最後に迷いがでて木目調で決心しました。

今これを書いていて「ああ、そういえば木目調にしたんだっけなあ」と思い出す程度で、実際、普段の生活ではあんまり意識しないので、ぶっちゃけここはケチってもよかったんではないかと思います。

ただ、玄関ポーチの人感センサーのダウンライトは奮発して正解だったと思っています。

最初は二カ所あるダウンライトのうち、一カ所だけが人感センサーだったのですが、建築中に棟梁から、「これはふたつとも人感にしておいたほうがいいんじゃない!?」とアドバイスをもらい、悩んだ末に値段を上げています。

実際住んでみると、街灯の少ない住宅街の為、夜になると本当に暗いし、なんとなくポーチを通るたびに明るく電気が灯るのはほっとします。

室内もこれ以上スイッチを増やしても混乱するだけだし、ここは変更して満足しています。

 

話が前後しますが、ビルトインを諦めてカーポートにしているのですが、建築士から提案されたのはカーポートを標準よりも長くして玄関ポーチにつなげるという苦肉の策です。

引っ越してから大雨や大雪がまだ起こっていなく、この動線が実際役に立っているのかはまだ実感していないのですが、正直、これをするのであればもう少し駐車スペースを広げればよかったなと思っています。

自分が結構大きい車に乗っているので、ポールギリギリに停めないと2台駐車できません。

ドアを開けるのもちょっと気を使います。

特に旦那が車を止める方には雪よけのパネルを付けているので、そちら側に寄せると助手席から降りることができません。

カーポートは標準の「2台用」のサイズを入れているのですが、どちらかが大きな車だと、結構不便なので、追加料金が発生しても広げておいたほうがいいと思います。

まあ、この辺りのカーポートの動線と、雪よけのパネルなんかは、全てこれからの季節を考えてのことなので、本格的に雪が降り始めてからまた使い勝手をレポートできたらな、と思います。

ちなみに、カーポートからポーチのアスファルト舗装と、庭のエゴちゃんの引っ越しは来年を予定しています。

それまでは庭にエゴちゃんの将来の引っ越し先だけが、砂に埋められた井戸みたいにぽっかりと空いている状態で、オープンハウスの時も、「砂場があるのね!」とかいう勘違いを招いたりとかしていますが、砂場でも、貞子の出入り口でもないことをしっかりと明記しておきます。

今日は、6年間お世話になったアパートの引き払いでした。

旦那と出会ったのは、このアパートでした。

本当に、旦那と、友人と、家族と、たくさんの、たくさんの6年分の思い出があり、最後の日となった今日、随分しんみりするかな、と思ったりとかしてたんですが、ぶっちゃけ全然しなくて驚きました。

よくよく考えてみれば、自分はあんまり置いていくものに対して未練がない性格なのでした。

それは、日本を出る時も、アメリカを出る時も、前の会社を辞める時も。

何かに向かうという決心と、そこを離れるという決心を同時にしているからなんでしょうね。

大体、根本的に、優柔不断な性格なので、その決心をするまでにぐだぐだぐだぐだと悩んだりとかしていて、ようやく「決めた!」と思って動いた瞬間にはもうそこに対する別れを心の中で片付けてしまっているのでしょう。

それでも、「さようなら、お世話になったね、ありがとう。」と、ただ感謝の気持ちだけを置いてきました。

 

17日に引っ越してから、家のことは大体片付いてしまったのですが、間に合わなかった時の為にと、今週末は3連休を取っていたのです。

ところが意外にも色んなことがとんとん拍子に片付いて、本当は一日で全部片付けそうだったのですが、旦那も連休だったし、折角なので残りの時間は新築でぐだぐだだらだらすることにしました。

初日の23日は建築会社から軽トラを借りて、アパートに残しておいた家具を全て片付けました。

使い物にならないようなソファーだとかキッチンボードだとか、使い古したカーテンやらクッションやらをいっぱいに詰め込んでゴミの廃棄場に捨てに行き、まだ使えるかなと思えるようなテレビボードやらをリサイクルショップに持ち込みました。

途中今年一かと思えるような大ゲンカを旦那と繰り広げたのですが、これも長年の付き合いなのでなんとか一時間くらいで収め、全ての片付けも全て夕方までには無事終了。

夜からは友人が遊びにきて、すき焼きでお祝いしました。

さて、これが始めて家に招待した友人です。

この友人とはアパートに住んでるときからよく家で定期的にハウスパーティーをしたりとかしてたんですが、やっぱり最初に招待するのは気が置けない友人ですな。

でっかいテレビでPerfumeのライブを見たり、くだらない話をしたりとかして、ぐだぐだと食べ、自分は酒を飲み、深夜過ぎて帰っていきました。

二日目は連休の趣旨通り、昼間で寝て、イトーヨーカドーで惣菜を買いあさり、ミスドでドーナツを買いあさり、KFCを買い、二人でシャンパンを開けて朝方まで映画をずっと観てました。

三日目は、甥っ子がふたりで遊びにきました。

旦那がとにかく面倒をみてよく遊ぶので、二人とも随分楽しかったらしく、いつまでたっても帰ろうとせず、結局旦那がふたりとも風呂に入れ、向かいの食堂にご飯を食べに行き、夜になってから家に送り届けました。

 

さて。

家にも、随分慣れました。

アパートを引き払ったのもありますが、この一週間で、随分自分たちの家になったなあ、と思っています。

近所の挨拶も全て済み、食洗器や洗濯機の使い方も慣れ、キッチンのIHの強さにも慣れ、一日の大体の流れ、例えば、仕事から夜帰ってきたら風呂のスイッチを入れ、湯が入るまでにビールを飲み、風呂に入り、テレビを見てながら晩酌し、ベッドに入る。

ベッドサイドテーブルは今までのアパートの逆なので、携帯電話のアラームをセットするのが、右手と左手が逆になり、ちょっと面倒くさい。

途中トイレに起きた時のスイッチは一番上。

寝ぼけているときは、ついついドアを閉める時逆の壁の方に手を伸ばす。

浄水器は冷蔵庫が遠くなったので、キッチンの上に出しっぱなしで寝る。

起きたら、ヘッドボードがないので、枕をふたつ重ねて携帯でニュースをチェックする。

タバコを外に吸いに行って、体が慣れたらソファーに移動し、テレビをつける。

洗濯物は二日に一回。

食洗器は旦那が回して行ってくれるので、乾燥された食器を棚に戻す。

歯ブラシは洗面台の一番右。

三枚ガラス扉はまだ使いにくい。

歯磨きはカウチソファーの端っこに座ってテレビを見ながらする。

タオルは洗面台の下の引き出しにはいっているので、あらかじめ出しておかないと、他のタオルを濡らしてしまう。

下着は洗濯室、制服はクローゼット。

まだ慣れなくて、カバンを忘れてクローゼットに戻ったり、靴下をクローゼットに持って行ってしまって座る場所がなかったりする。

ひとつひとつの動線が、アパートよりも広い。

移動に時間がかかるので、前より少し、時間がかかる。

仕事に行く準備ができたら、全部の電気が消えているかを確認する。

部屋が4つしかないので、簡単に見回れる。

ドアは全部閉めてから出かける。

11月の北海道なのに、随分まだ暖かいので、外出するときは暖房をエコ運転に切り替える。

セーリングファンはオフにして出かける。

よくトイレの電気を消し忘れるので、ここを最後に確認してから、外にでる。

車は玄関側が自分、隣が旦那。

カーポートは結構狭いので、ぎりぎりに寄せないと2台入らない。

停める時にコツがいる。

今までと、同じところと、違うところ。

慣れているところと、慣れないところ。

便利なところと、不便なところ。

それらと格闘しながら、妥協しながら、新しい習慣がいくつもできて、それに慣らしながら、そうやって生活していく。

家は最初、自分が生活していることに戸惑っていたけれど、今はそれにも慣れ、同時に建築会社が出入りしていたり、棟梁が建てていたことを、少しずつ忘れている。

もう一週間が過ぎて、お互いに色々なところを譲歩しあって、お互いの一番やりやすい道を選んでいく。

自分は徐々にそこが帰る家だと思うようになっていく。

でも、きっと、それは、お祝いに来てくれた友人や、家族や、甥っ子たちが、みんなでわいわいと、普段の生活をこの家に吹き込んでくれたおかげのように思うのです。

わいわいと、がやがやと、この家に暖かい生活感を持ち込んで、そうして現実にあるものに変えていく。

そこが、自分と、そして旦那の家であることを決めるのは、実は自分たちがそう思うからなのではなくて、周りの人がそう決めてくれるからなのではないかな、と。

そして、この家はそれに相応しいものに成長していく。

そして、自分たちもその家に相応しいように成長していく。

色んな人たちが、この家を初めて訪れ、自分と旦那の家として受け入れ、笑いながら時間を過ごしてくれたこの3日間は自分にとっても、家にとっても、成長のきっかけになるすごく大切な意味があるように思うのです。

 

さて、たくさんの方々からお祝いを頂き、感謝しても感謝しきれず、恐縮しっぱなしなのですが、気軽に「今度遊びにきてねー」と言えない距離に住んでいる友人や家族もたくさんいて、こちらももうそろそろ落ち着いてきたので、写真を公開しながら建てていた時のエピソードと共に家をご紹介できたらなと思っています。

そこでブログを読んでくださっている方々には大変申し訳ないのですが、写真はfacebookでの公開のみに限らせてもらおうと思います。

理由は簡単で、写真をブログにアップしたりするのが面倒くさいからです。

facebookでつながっていない読者の方々にも伝わるようにがんばって書きますので、ご理解頂けます様お願い致します。

さて、前回のブログから、引っ越しでバタバタしていましたが、ようやく17日から新居に入居しました。

引き渡しの当日から荷物を搬入し始め、平日も早起きして新居に行き、毎日夕方の仕事の時間まで片付けをしたり必要なものを買い出しに行ったり、なんか鳥が新しい巣を作るみたいに、ちまちまちまちまと作業を続けてきました。

15日はソファー搬入の日だったのですが、自分も旦那も仕事だった為、営業に泣きついてそれに立ち会ってもらい、そして引っ越し前夜16日は夜遅くまで旦那とふたりでアパートの片付けをしました。

当日は早起きし、疲れ果てた体を叩き起こし、なんとか手分けしてアパートの最後の片づけと荷造りをし、午前中に新しいベッドの搬入に立ち会い、午後からは棟梁が冷蔵庫とコーヒーテーブルを新居に運ぶ手伝いをしてくれ、アパートのベッドも完全に撤去しました。

 

新しい家での生活。

初日は終日旦那の機嫌もよく、本当に引っ越しは大変だったのに、よく働いてくれ、ようやく待ちに待った新居での生活が始まることに、心底嬉しそうでした。

引っ越し作業を夕方切り上げ、インターネット回線がまだなのでTSUTAYAでDVDを借りて、寿司を持ち帰り、蕎麦を茹で、新築祝いにたくさんいただいたYEBISUビールと一緒にふたりで引っ越し祝いをしました。

翌日は自分が朝から仕事で、昼頃早退して引っ越しの続きを片付けるつもりだったのですが、あまりの疲れにソファーで少し眠ってしまい、夕方から必要な掃除道具なんかの買い物に出かけ、近所の挨拶周り用の菓子折りを買い、家で簡単な食事をしました。

旦那も流石に初日の疲れがどっと出たようです。

 

このブログを書いてて今気づいたのですが、引き渡しからここまでまだ、一週間なんですね。

新居での生活はまだ二日。

一年くらいあったような気がします。

自分では大丈夫と思っているのですが、びっくりするほど体と心が疲れているようです。

ふわふわします。

慣れない新居は存在しているのか、いないのかさえわからず、それが本当に自分の家だという実感もありません。

ひとつひとつ丁寧に選んだはずの水周りの設備は使い方がまだわからないところが多く、使い勝手がいいこともあれば、使いにくいなあ、と思うことも多々あります。

なんとなく、人の家にお世話になっている、もしくは旅行先のホテルに一時的に滞在しているような感じの疲れを感じています。

近所の人たちの顔や名前もわからず、同じ市内なのに、なんとなく町内の雰囲気も違い、宅配や郵便配達のお兄さんも違う人になりました。

全ての家具や家電は整然とその家に収まっており、ひとつひとつ使うのにも頭と神経を使います。

あまりにも短期間に色々なことが変わりすぎて、ホームシック的なものになってるのかもしれません。

溜まった疲れでテレビをつけるとソファーで寝てしまうし、仕事中も急な睡魔に襲われたりしています。

家から出ると、仕事場も、友人も、家族も、市内の光景も、何一つ変わったことなんてないのに、家に帰ると、それはあまりにも今までとは別世界。

テレビも、ソファーも、ベッドも、風呂も、トイレも、洗面台も、リビングも、寝室も、クローゼットも、全部、全部、出来すぎているのです。

だからそれは夢なのか、現実なのか、よくわからなくなる。

自分が今置いているこの生活空間は、実は覚せい剤でぶっ飛んで見ている幻想なのではないだろうか。

例えば、アメリカに暮らしていた時、絵にかいたようなイケメンと出会い、何かの間違いで一発やれないだろうかと願い、だけどこんなイケメンは自分には不似合いだしと諦めたところで、ひょんなことからそれが叶い、それで十分だと思いきや、何故かデートにその後も誘われ、彼の家で週末暮らすことになる。

街中を手をつないで歩く度に、ふわふわした感覚になる。

どれが本当で、どれが嘘なのか。

今、起こっていることは、本当に現実なのか。

いっそのこと、もう会いたいと言わないで欲しい。ふって欲しい。ぶち壊して欲しい。

うまく言えないけれど、新居での生活はそれにすごく似ていて、まあ、平たく言えば「夢みたい」というのろけなんでしょうけれど、そのギャップが大きいほど精神的にはなぜか疲れ果てる一方で、どこか今までの日常だったところに戻りたいとどこかで思っている。

こんなの本当の自分じゃないと。

普通の、現実味を帯びた、質素な生活に戻りたいと。

正直、この現実味のない家を日常にするには、ものすごいパワーが必要で、これを億劫と感じないわけでもないですが、家はできてしまって、自分たちのものになってしまったので、これに無理にでも慣れていくしかないかなあ、と諦めのような気持ちで今毎日家に帰っています。

家は今までのアパートより格段に大きくて、凝ったデザインの空間でソファーに座って大画面のテレビを眺めているときは、「こんな幸せがあるだろうか」と感動したりしているのですが、そこから少し離れ、日常の仕事場で現実の時間を過ごし、さて家に帰ろうと思ったとき、ああ、あの非現実的な生活にまた戻るのかと思ったらちょっと面倒になるのも本音だったりします。

まだ、引っ越しやら片付けやら買い物やら、今日もインターネット開通の工事が終わったばかりで、きちんとした「日常」を新居で過ごすことができていないことも大きな原因だったりするのでしょうが、いつかそれに慣れ、そこが帰る場所と思えるようになるには、結構な時間がかかりそうです。