さて、天井が完成したと昨日ブログで報告をしたばかりですが、やり直しとなりました。

やり直し、というか、修正です。

実は、かなり難ありな天井で、これで二度目となります。

 

自分は家を建てる過程で、かなりフローリングにこだわったつもりだったんですが、意外とここまでできてみると全ての存在感はキッチンと天井に置かれている感じがします。

天井は最初4メートル高というリクエストしか持っていなく、あとのデザインは建築士がほぼほぼ決めてくれました。

自分は、家のどこかに鉄筋や煉瓦なんかのアクセントを使って欲しいというお願いをしたのですが、それを天井に使ってくれたんです。

針葉樹合板にルーバーが30センチ置きに走り、黒の鉄筋が天井に4本走っています。

かなり攻めたデザインで、できてみると文句なしにかっこいいのですが、鉄筋をデザインとして使う一般住宅もあんまり扱ったことがないらしく、まず一カ所目の修正はこの鉄筋でした。

大工がいる間は毎日毎日現場に行くようにしているのですが、ある日行ってみると鉄筋が設置されていました。

うわー、かっこいいなー。

ところが、よくよく見てみると、その黒の鉄筋に光が反射して、傷が入ってるのが見えたんです。

それをある時、建築士に何気なく、「やっぱり黒の塗装は傷が目立ちますよねー。引き渡し前に目立たなくはできるんでしょうか。」なんて話をしてみたら、建築士が血相を変えて、「どのあたりでしょうか」というのでその箇所を伝えたら、その日のうちに現場に飛んでいき、連絡をくれました。

それは、傷なんていうものではなく、完全な不良品だったらしく、即刻取り外して業者に返品という流れになりました。

まあ、4メートル下から見上げてわかる傷なんて、普通の傷じゃないと建築士がすぐに見抜いてくれたんですね。

ちょうどまだルーバーが取り付けられる前だったので交換がそんなに大変じゃなかったみたいだったのですが、それでも業者が飛んできて鉄筋を下げて工程がちょっと止まるという大騒ぎではありました。

ただ、出来上がってから言われたりなんかしたら取り返しが付かなかったと言われたので、こういう小さな気づいたことはやっぱりすぐに相談するべきなんだな、とこの時学んだのです。

 

なので、針葉樹合板に亀裂みたいなものが入っているのを見つけた時には、すぐに相談しました。

ただ、かなり今回迷ったのは、亀裂と言えば亀裂、亀裂じゃないと言えば亀裂じゃないことです。

どういうことかというと、うちの天井は本物の木を使っています。

木には節があるものです。

その節にはもちろん大小さまざまな形があるのですが、その節がかなり大きなところが一部分だけ使われていて、割れているように見えるのです。

これは、木の味なのか、それとも本当に割れているのか。

ちょうどこの間妹が現場に遊びに来たので、それを相談してみると、「わたしは好きだなー。味じゃない?」と言っていました。

そういうものかなー、と納得しようとしたのですが、それでも、どうしても気になるのです。

このままだったらこの家に住み始めた後も、ずっと、「ああ、割れてるな」と気にしながら暮らさなければいけないことになる。

これは建築士の判断に任せようと相談してみたのです。

そしたら今日、現場に来て、建築士も迷ったみたいでした。

「うーん…!」という感じです。

そしてその場は預からせてくださいという返事だったのですが、先ほど電話がきて、やっぱり直させてください、という返事でした。

確かにそれは節であり、亀裂ではないんです。

棟梁も、なるべく節の大きな木材は使わずに選定してくれていたみたいなのですが、そこの部分だけ、やっぱり見落としてしまったみたいです。

これが、材料の性質だとか、自然現象だとか、そういうことなら仕方がないのですが、やっぱり普段暮らしているうちに割れてくるということはないそうで、このままやっぱり引き渡したくないと。

建築士も正直気になっているから直したいということでした。

さて、どうやってやり直しするのかは建築士と棟梁に任せてあるのですが、今回の修正は、もうすでにルーバーが張って完成してしまった状態からなので、かなり面倒くさい作業になるそうです。

ただ、建築士が納得するまではちゃんとやり直ししたいということでした。

そこの部分だけ色を入れたりして修正しても、「修正した」ということがわかってしまう為、そこの天井部分ごとの交換になるみたいですが、木目がそこだけ切れてしまわないように、極力似たような木目の材料を探し出すそうです。

途方もない作業ですね…。

 

さて、今回の天井のトラブルで学んだことは、やっぱり現場に毎日通い、しっかりとチェックすることはとても大切だということです。

家はものすごいスピードで建っていくので、朝始めた箇所がその日のうちに出来上がることも多々あります。

数日目を離したりなんかして、変な箇所に気付いた時には既に修正不可能ということは、きっと出てきます。

そんなことにならないように、毎日しっかりとチェックして、そこをちゃんと相談するという作業の繰り返しが大切なんですね。

鉄筋も、割れ目も、ちゃんと見ていなかったら、引っ越してから気づいて、「あーあ」ということになっていたかもしれません。

そうなる前に、こうやって直してもらえて、本当に良かった。

ただ、ちょっと今回は、自分が棟梁に直接ではなく、建築士に言いつけたみたいな感じになってしまったことを気にしたりとかもしてますが、それでもやっぱり納得のいく家づくりをするためには、色んな人に相談して、その箇所にこだわりぬいたほうがいいんだと思います。

忙しく工程が詰まっている中で、修正という余計な作業を増やしてしまってちょっと心苦しいですが、満足の行く家を作るために、こちらも辛抱強く毎日通って、妥協せずにやり抜きたいと思います。

さて、停電の影響で予想以上に仕事がバタつき、全然ブログを更新できてませんでした。

とにかく節電なので、職場の節電方針をまとめたり、実際に節電したり、営業できなかった日のしわ寄せがどかーんと来たり、とりあえずバタバタしてました。

北海道は、というか、自分が住んでいる街は、とりあえずある程度落ち着きを取り戻したように見えます。

空っぽだったコンビニにも弁当が並ぶようになったりだとか、スーパーでも全く見かけなかった納豆が入荷されてたりだとか、ゆっくりゆっくり回復しています。

それでもまだ品切れのものが多かったりだとか、物流が完全に戻ってなかったりだとか、飲食店の混み具合が未だすごかったりとかはありますが、それでも暮らしていくには特に不便もなく、日常が戻ってきたなあ、という感じです。

照明を間引いたコンビニの暗さや、空調をセーブしているせいで店内がひどく暑いスーパーなんかが、時折、まだ日常ではないんだぞ、と教えてくれたりします。

 

さて、そんな間も家は建ち続けているのですが、とうとうこの間天井が完成し、バスルームが新居に入ってきました!

いえーい!

まあ、それに関しても後悔やらエピソードがいくつかあるのですが、それはまた今度書くとして。

実は、地震のあった6日の週の土曜日、建築会社と外構をお願いする会社と一緒にうちの庭に植えるシンボルツリーを選びに行く予定だったのです。

ところが停電やらいろんなことが起こって、もちろんそれどころではなくなったので、日にちを10日の月曜日にずらして行ってきました。

旦那は週末が休みなので、本当は一緒に行ける予定だったのですが、どうしても建築会社が月曜しか時間が取れないということだったので、自分ひとりで決めてくることになりました。

 

さて、シンボルツリーは、当初から、何故か、植えることになってました。

希望したわけでもなんでもありません。

むしろ、いらないとさえ思ってます。

ところが、建築会社から一番最初に書いてもらったパースから、このシンボルツリーは、何故か庭に植えられてました。

何故か問うと、うちはとにかく窓が大きく、塀を作る予定も今のところないので、外から丸見えになってしまうのを防ぐため、ということでした。

正直、木かー、という感じです。

世話が面倒くさいのです。

枝を切ったり、虫が付かないように気を付けたり、とにかく手入れが大変そうだし、だからって枯らしちゃったらまたそれはそれで見栄えは悪いし。

大体、そういう庭作業というか、ガーデニングの類は本当に苦手で、できることなら一切しないで生きていきたいし、そういうわけで知識も何もなく、木の種類と言ったら、松とかくらいしか知らないので、家に植えられるシンボルツリーといっても全然ピンとこないのです。

とにかく、外構をやるガーデニングの会社に、枝が伸びない、花が咲かない、実もならない、芝が汚れない、世話もいらない、けど枯れないそんな丈夫な木をお願いします、と告げたのですが、そんな木はない、と一蹴されました。

木はもちろん、生きているので、成長するし、花や実がならない木はないと。

まあ、言われてみればそりゃあそうですよね…。

なので、できるだけ世話がいらない木、ということでリクエストしてみんなで山の中にある庭木屋に集合しました。

庭木屋といっても、だだっぴろい山の中に、たくさんの販売用の木が植えられていて、その中から目ぼしいものを見つけるという感じです。

とにかくたくさんの種類の木が植えられていて、全く詳しくない自分からすると、この中から一本を探さなければならないなんて全く無理な話で、まあ、ぶっちゃけ好きな木もなければどうでもいいので、「もうどれでもいいですよ…」と早々と選ぶのに飽き始めました。

建築会社も外構屋も、一生懸命、「こんなのはどうですか?」とか勧めたりしてくれるのですが、自分にはただの木にしか見えません。

「じゃあ、とりあえずこれは好きそうだな、という木があったら全部言うようにしてください!」と言われたので、これかなあ、これもなんかいい感じですよね、とか適当に目についた木を指していくと、意識はしてないのですが、同じ種類の木ばかりに惹かれているということにみんなが気づいたのです。

エゴノキ。

聞いたこともない木です。

よく見ると緑の実が結構たくさんついていて、それはちょっと嫌だなあ、と思ったのですが、全体的な枝の感じが好きなのです。

「なんだ、じゃあこれにしましょう!」とよっぽど面倒くさかったのかみんながエゴノキということで決定し、たくさん植えられているエゴノキから家に植える一本を探し出す、という作業になったのですが、これは流石に面倒くさかったので、もうみなさんで決めてください…と、買主の癖に選ぶのを拒否し、一番庭の目隠しにちょうどいいサイズで、どこの角度から見ても綺麗に見えるものを一本、建築士が選んでくれました。

 

さて、そんなこんなでうちに植えるエゴノキが決定しました。

ところが、そんな木の名前は初めて知ったし、一体どんな生体なのかもわからなかったので、家に帰ってからゆっくりとネットで調べてみると、結構大きくなることが判明し、しかも、実もかなり多くなり、掃除が大変で、また春にはたくさんの白い花が咲き誇るということがわかって愕然としました。

大きくならない、実も花もならない木を希望してたのに…。

営業にそれを告げると、「まだまだ変更はできますよ!」と言われたのですが、またあの山の中に行って手探りで木を探さなきゃいけないのがあまりにも億劫で、旦那と相談することにしました。

同行できなかった旦那にエゴノキという木に決まったことを報告すると、「エゴちゃん」という名前を付けて呼びはじめていたので、なんとなくもうエゴちゃんでいいんじゃないかと思い、そのまま植えてしまおうと思っています。

これもなんかの縁ですしね。

ということで、予想外の展開ですが、枝ぶりが美しく、春になると可愛らしい白い花をたくさんつけるらしい、エゴちゃんが新しい家の家族になることになりました。

とっても手がかかる家族になりそうですが、そういえば旦那は昔派遣で庭木屋に勤めていたことがあり、「俺がエゴちゃんの枝切るよ!」と言ってくれたので、そのまま世話は全部任せてしまおうかと、企んでいます。

北海道胆振東部地震により被災された方、心よりお見舞い申し上げます。

自分は地震が起こった時、ちょうど夜勤明けの次の日日勤という、3時間くらいしか寝れないシフトの真っ最中で、さあ、じゃあ仮眠でも取りましょうか、とベッドに入ったところでした。

まずリビングのBoseのbluetoothスピーカーがちょうどうとうとしていた時になにやらしゃべったので、Wifiが切れたのかしらー、と思い、ちょっと起こされたことにイライラしながらリビングを見ると、とにかく真っ暗で、「あ、停電」と思った時には揺れていました。

うちの地方は震度3だったので、あらー、揺れたわー、くらいで、携帯を取り出しニュースをみると、震源地が北海道の左の下の方だったので、あら、遠いわ、と思いそのまま眠りました。

ちなみに、北海道生まれ育ちの生粋の道産子ですが、北海道民にとっても、北海道の地図ってそんなもんです。

まあ、特に自分は地理が苦手で、北海道を長く離れていたので、特にあんまり土地勘がないのかもしれません。

とりあえず北海道に住んでいれば札幌の位置はみんな知っていると思います。

他は、旭川は真ん中あたりだし、函館は青森の方、稚内は一番上、くらいはわかりますかね。

あとは、もう、その人がどこに住んでいるかによって知識は大きく変わってくると思います。

小樽、苫小牧、室蘭、千歳、留萌、滝川、士別、名寄、富良野、帯広、釧路、北見、網走、全部を正しくどこにあるのか言い当てられる人なんて、全道を走り回る営業の人とかよっぽど旅行が好きな人くらいで、大抵は大体しかわかりません。

そう、それでも、一応北海道に住んでいるので、大体はわかります。

上の方、とか、真ん中あたり、とか、札幌の方とか、東の方とか。

かなり乱暴な言い方をすると、北海道の主要な街は中央の帯にあることが多いので、◇の上と下の角周辺になるとよくわからなくなります。

まあ、あくまでも個人的な知識ですが。

 

話がそれましたが、今回震源地となったのは左の下の方で、自分の住んでいる所からはかなり離れているので、当たり前に油断してました。

朝には電気が戻っているだろうと、半ば確信に近いくらいの気持ちで寝たので、目が覚めて、電気のスイッチを付けようとして、通電していなかったことにかなりショックを受けましたが、それでもとりあえず会社に行こうと準備をして車に乗り込みました。

もちろん当たり前に信号機は全て止まっていて、大きな道路は手信号の交通整理が入っていましたが、小さい道路は全て一時停止で譲り合いみたいになります。

事故もかなり起こったみたいですが、それでも、「信号が動かない」という言葉から想像するよりは、パニック状態にもなっておらず、すごい国だなあ、と感動すらしました。

会社に着いた頃には、胆振地方を震源とする地震が起こって、発電所が止まり、周辺の街ではかなり揺れて被害もでている、ということがわかってきました。

それでも、まさか、発電所のシステムがどうこうなんていうのは今まで気にも留めたこともなかったし、情報もまだ詳細がわかっていない状況だったので、午前中で復旧するでしょう、と高を括ってました。

会社も通電していないので、やることもなく、ネットで情報を集めていたら、どうやら電気は北海道全てで止まっていて、ちょっとしばらく停電が続くかもしれないということが分かってきたので、とりあえず暇そうなスタッフに非常食の買い出しに出かけさせて、あとは今後の対策なんかについて考えてました。

でも、本当にこの時点ではまだ半信半疑で、電気はすぐその日のうちに復旧すると、信じてました。

震源地からの距離、300キロです。

名古屋の地震で東京の電気が全て止まるような距離の話です。

信じろという方が難しい話だったように今も思います。

とりあえず地震被害のこともあり、電気の復旧の見通しがつかないということから、その日の営業は諦め、家に戻りました。

 

さて、38時間です。

あの夜、電気が消えてから、復旧するまで、うちは、38時間かかりました。

あんまりあることではないような経験をしました。

不謹慎な言い方かもしれませんが、様々な天災によって起こりうる被害の中で、停電というのは、何かにくっついてくるものだと思ってたんです。

台風、地震、大雪なんか、その原因となるものが被害をもたらし、その一部として停電というものが起こる。

でも、今回、停電だけがきました。

もちろん大規模な地震が胆振地方であり、その他いろいろな大きな被害が札幌等周辺地域にはあり、被災された方々が多くいらっしゃいます。

300キロ離れたところで。

もちろん、ニュースなんかでは大変なことが起こっていることも理解しますが、でも、体感はしません。被災もしてません。

じゃあ、自分たちが現実に体感したことはなにかと言えば、ただの38時間の停電です。

ある日、突然、何もないのに、38時間、電気が止まったんです。

こんな珍しい経験、あるでしょうか。

 

この停電について、異様とも思えたのは、沢山の人たちが抱いていたお互いに対する妬みです。

通電は、同じ市内で、48時間くらいの間、数時間置きに、ばつん、ばつんと地域に分けて断続的に開始されました。

電力会社やシステムの批判でもなんでもありません。

ただ、そうだったということです。

全道全ての人たちが、自分の住む家の通電を待っている中で、偶然そうなった人たちの家が選ばれた人たちのように通電していく。

次こそは自分の家が、と縋るように願っている。

もちろん役所や病院等を優先し、そしてそこの電気回路がたまたま繋がっていた住宅電気が通っていくのですが、

「なんであそこの家だけ」

「うちの方が市街に近いのに」

「あんなところ電気通したって仕方がない」

24時間を越える停電生活によって溜まりに溜まった疲労から、通電した家に対して妬みが生まれる。

それがまた自分自身をもいらいらさせる。

通電した家は、もう普通の生活に、戻れているのに。

テレビを見て、風呂に入り、料理をし、電気を消して、寝ているのに。

自分は、風呂にも入れない、冷蔵庫もレンジも使えない、うちはオール電化のIHヒーターだったので、お湯を沸かすこともできない。

市内の店は全てきれいに閉まっており、食べ物も手に入らない。

そうしてやってくる、根も葉もない噂。

断水するらしい。

復旧まで4日くらいかかるらしい。

そんな噂に惑わされ、余計な水を風呂に溜めたり、余分な食料の確保に急かされる。

余計なストレスがたまる。

仕事が休みになり、ただ寝転んでぼうっとしている旦那にイラつき始める。

なんかやることはないのか。

もう少しスーパーの手売り販売に並んでみるとか、既に通電している地域のスーパーに行って食料品を買ってくるだとか、ガソリンを並んで入れに行くだとか、何か役立つことをしようとは思わないのか。

夜が来たら、また何もできなくなるのに。

信号のない街中を運転して、また明日も会社に向かわなければ、ならないのに。

 

もうお互い限界というくらいにいらいらしていて、とりあえずは今日はちゃんと風呂に入ろうと2日目の夕方、既に通電した郊外の温泉施設で混みあった風呂にふたりで入り、久しぶりに思えるような明るい店内のコンビニで冷たいビールを買って車の中で飲み干したところで、「家が通電しました。」と母からメールが来ました。

停電から38時間でした。

たった38時間なのに、こんなに疲れ果てた自分の精神力の弱さに、あきれ果てました。

300キロ離れた震源地では、本当につらい思いをしている人が沢山いるのに。

それでも、まあ、正直な話、「もっとつらい思いしている人がいるから自分は我慢しなければいけない」なんていうナンセンスな話はなくて、それが通用するなら世界で一番不幸な人以外は全員が我慢しなければいけない、なんてことになってしまうわけですが。

それでも、もっともっと平気かと思ってました。

ちょっと電気がなかったくらいで。

それでもなぜか、周りの不安と、疲れと、苛立ちは見事に伝染し、知らない間にため息をついたり、「もうやだ」なんて呟いたりしてました。

本当に情けないですね。

今でも、コンビニは見事にからっぽ、スーパーで手に入るものは限られていて、普段通りの生活、にはまだ遠いような気がしますが、家に帰り、電気をつけ、できるものは限られていても料理をし、風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かし、冷蔵庫で冷えたビールを飲みながら、テレビを見て、電気を消して眠るという、日常が戻ってきたことに、心底ほっとしています。

日常って、ある日を堺に、日常ではなくなることを、久しぶりに思い出したような気もするのです。

まだまだ北海道の電力は危機的な状況で、被災地では不明者の捜索が続き、札幌市内でも道路や住宅が液状化し、日常に戻れない人々が沢山います。

そういう大変な思いをしている人たちに、一刻も早く日常が訪れるように、心からお祈りしています。

 

さて、一方、うちを建てている建築会社は、すごい。

停電が始まったその日の朝も変わらず現場に入り、自分たちがイライラを募らせた二日目も自己発電機を使って家を建てていました。

みんな、大工も電気が使えなくてつらい思いをしているのは同じなのに、なんていうパワーなんでしょう!

そんなものすごい大工たちによって、家は相変わらずすごいスピードで建ち続けています。

あくまでも、家づくりのブログですが、さすがに今回の経験を書かずには先に進めなさそうだったので、寄り道させてもらいました。

次回からはまた、すっかり家らしくなりつつあるマイホームの話に戻ります。