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インドアでロウな生活

土曜日は、休日出勤したら、深夜まで実験してしまい、

なんだか日々の変化に乏しいなと

少しサミシイといか、

少しムナシイというか、

ブルーになっていました。


日曜日は、カフェにデートに行きました。

昼間で眠りこけて。

昼からランチを目指して。

すっごい素敵な喫茶店でした。

地下に続く階段をおりると、地下なのに緑に溢れてて、

ちょっと雰囲気は古くて、でも清潔で、

ランチをめいっぱい楽しみました。

彼女がカウンターが好きなので、

カウンターに座りました。

向かい合うと距離が遠くて、

会話がしづらいのだそうです。

それで、カウンターを選ぶんだ。

合理的で感心しました。

穏やかな空気と薄いコーヒー。

コーヒーは濃いめが好きですが、

ランチが美味しかったので

全然ありです。


たまには息抜きも必要です。

地下で深呼吸。


素敵なカフェでランチなんて、

なんて似つかわしくない。

でも、また行きたいです。

おこがましくもにがにがしく思うこと


人の命に責任を持つこと

お互い生の人間ならば、そんな重たいことできません。

命を助けるとか助けられるとか

おこがましくって語ることなんかできません。


見舞いに行った病院で、

びっくりしたという感覚でしょうか。

おそらく死期が近いのでしょう。

若い看護師さんが、

「先生、かわいそうだから楽にしてあげて。」


この言葉、断片だけですが、すごくないですか?


まだ若そうな先生は苦い顔をして、黙っていました。

私は、彼の表情をみて、安心しました。


誰が、誰の命を決めるのでしょう?

無理です。人には決められません。

無理に決めるなら、自殺か他殺になってしまいます。

それが一番にがにがしく思う理由です。


あとは、

確かに苦しいかもしれません。

もう死んでしまいたいと思っているかもしれません。

でも、ほかの人が「かわいそう」とか

言ってはいけません。

そんなのおこがましいです。

勝手に代弁してはいけません。

しゃべれない人の死の際の気持ちなぞ

重すぎて、ほかの人が代弁などできません。


死の際にいるその人に、意識があるなら、

できるだけその言葉に沿うように。

でも、語ることができないなら、

その姿をありのままに。

せめてその人の大事な人達が

必要以上に傷つかないように。


おそらく空論でしょう。

現実を知らぬ空論でしょう。


それでも思うのです。


人は本質的には孤独で、

だから家族や友人や恋人が温か過ぎる。

孤独でいるとき、その人のありのままの時。

その人のそのかけがえのない時間に、

水を差してほしくないなと思います。


これは、私の独りよがりでしょうか?

答えはおのおのが持ちます。

こういう問題はそういうもんだと思います。








週末は、病院に行きました。

お見舞いです。

それは、たいした病ではないようで、近日退院だそうです。

休みの日で、天気が良くて、

みなさん、穏やかに見えました。

太陽は、病気の治癒を助けてくれるのでしょうか?

だとしたら、病院が暗いのは解せないですね。

私が訪ねた病院は南向きで、陽にあたる場所がたくさんありました。


夏はなんだか、お見舞いに最適です。


こういう日に、陽の光にそう当たることもできずに、

もくもくと働く医師、看護師の方々をみると、

なんだか申し訳ない気持ちになります。

その仕事、おおかたは本当は私達の仕事ですよね。

話を聞いて、看病して、食事作って、掃除して。。

診察とか治療とかできませんが、

多くの仕事は、昔我々が自然に行っていたことな気がします。


でも、それは、どの仕事にも共通しているのかもしれません。

寺子屋、村役場、神社、井戸端、田畑などで行われ、教わったこと。

今は、それらを、得意な人が専門的にしているのかもしれません。

得意な人が勉強を続けて、その職業を行っている。

そう考えると、休日働いている方々に、

申し訳なく思うこともおこがましいのかもしれません。

ただ、感謝すること。

感謝しあうこと。


休日働いている人は意外と多いです。

でもそれが、その方々の仕事です。

「何でおれだけ」、

「わたしだけがつらい」、

とか思わずに、自分の職業を尊く感じて頂きたいです。


つまり、仕事に誇りをもてるように

自分に言い聞かせたいようです。