広島の日はテレビ見られなかったですが、
8月9日は、長崎の平和式典を見ることができました。
小学校の頃、夏休みはテレビばかり見ていたので、
一日の話題が原爆にされわれてしまう。
8月6日からの数日は、なんだか憂鬱でした。
「原爆、原爆っていうけど、知らないよ」
っていう気持ちがありました。
毎年作文を書いたり、感想を書いたり。
「戦争って何?」
「平和って何?」
小学生は10年かそこら、
退屈こそが大敵であり、
変化を望んで仕様がなかったころ。
今は30年生きています。
これまでに多くのヒトと場所と機会に恵まれて、
今、生かされていると感じます。
年を経るにつれて、
平和に対する感謝がわくようになります。
自分に子供がいてもおかしくない年齢になり、
今、日本が戦争状態になくて本当に良かった
と思うようになりました。
日々平穏に生活できる感謝。
とともに、「忘れてはいけない。」
「原爆、戦争を風化させてはいけない。」
という言葉もおぼろげながら感じるようになりました。
高校の修学旅行で行った原爆資料館で感じた
「惨」という感覚。
勉強で知ることも大切。
でもそれ以上に、「感じること」 は
強烈な印象を残します。
私は、戦争を直に知らず、したがって、
本当の平和のありがたさをわかっていません。
でも戦争がもたらす惨状に、
ものすごい恐怖とどうしようもない憤りを感じます。
戦争が終わって65年。
当時15歳の青年が、80歳になっています。
その人達が感じたことを、伝えたいことを
なんとか感じるべきです。
次の世代に平和を伝えたいから、
戦争について感じてもらうべきです。
時間が経っても大切なことは伝えるべきなのです。
だから、面倒くさがろうが、億劫がろうか、
昔の小学校時代の私が、
平和式典を見ていて良かったと思うのです。