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worldendのブログ

インドアでロウな生活

家に帰ると、

「よく戻った!」と大きな声。

NHK大河にかぶれているようで、

戦国武将のまねをしている。


わたしは、一日の疲れを忘れて、ほほ笑む。

「違った意味で、少し疲れるな」と感じたりもする。

いっぱい飲んで、いい気分で武将気取り。

それを見守る私と秋の気配。

思うに、こういう感覚が幸せなのだと思う。


私は、来月には異国にいる。

きっと、彼の地でも思い出すのだろう。

離れてみると、今この瞬間の大切さにハッとする。

キセキであることを全身で感じる。

そうして、自分の立ち位置が確認できたりする。


旅立ちは、いつも悲しみと希望が背中合わせ。

旅立ちはいつも、ちょっとの期待と大きな不安が隣り合う。

旅立ちは、別れるためではなく、出会うために。

そして、帰る場所があるから旅。

帰る場所で、待っていてほしいと願う。

いっぱいやっててもいいから、待っていてほしいと思う。


ふと心の中をのぞいてみると、

体育座りをしたままのあのころのぼくがいて、

うつむいている。


何も変わっていないな

何も進歩していない


と確認させられる。


自分の殻を確認して、

ため息をつく。


小さな世界の主人公のぼくは、

悲劇の主人公を気取っていることが多い。

誰もぼくのことを分からない・

誰もぼくなんて知らない・・

明日は変わらない、たとえぼくがいなくなっても・・・



わたしはその背中をみつめている。

その思いは半分は当たっていると感じている。

誰も他人のことなんか知らない。

自分以上に自分のことを考えている人なんていない。

自分以外に、誰も自分にはなれない。


だからこそ、とわたしは力を込める。

自分が明日を変えるのだ。

自分を変えることによって。

自分の考え方を変えることによって。


最近、昔のことをよく思い出す。

これは死が近いから、

ではなくて、秋だから。

秋は予感の季節、

喪失の予感。


こういう時期には、BUMP OF CHICKEN。

秋の空気に、しっくりとなじむ。

センチメンタルに融和する。

「車輪の歌」

http://www.youtube.com/watch?v=x9S9oygUEW0&ob=av2e


どっぷりと感傷的に過ごす以外に、

この悲しみを乗り越えるすべはないのだろうか。



私の彼女は、健診の質問に正直に答えた挙句、

医師の面談が必要と判断されていました。

その質問とは、

「あなたの人生は食欲に支配されている?」

よくよく考えた末に、YESを選択したそうです。


過食症とか拒食症を心配した質問だったのでしょう。

「悩みがあるの?」とか小一時間、

食事と生活についてのアドバイスを受けたそうです。


最近の私は、

歯に支配された生活です。

治療中の歯が痛くて、痛くて。

なんだか泣けてみます。

大好きな煎餅が食べられないです。

カツとか揚げ物もダメです。

うどんとか、プリンとか食べてます。


食べることの大切さが身に沁みます。

お腹が減るのに、食事が楽しめない。

痛いから、びくびくしながら食べる。

片方の歯を使わないようにしているせいで、

なんだか顔が変形して来た気がします。

悲しい。


そういう意味で人生は食にも支配されている

・・のかもしれません。

彼女の真意もそういうことにあったのか?



いえ、チョコレートの誘惑に勝てないことが

原因だそうです。

そして、それは現在進行形なようです。

先週購入した袋チョコレート、

楽しみにしていたのですが、

いつの間にやら無くなっていました。


悲しい。

でもこっちの悲しさは、想定内です。

人生は甘くないということでしょうか。

いや、それはまた別の話です。