女が聞く。
無人島に1つだけ持っていけるものがあるとしたら何を持っていく?
男はしばらく考えてから言う。
愛かな。
女は笑いながら聞く。
何それ?あなたの好きなギターじゃないの?
男は答えた。
君がいれば僕の今知っているどんな歌よりも、素晴らしい歌がこの口から出てくるんだ。ギターなんかいらないよ。
聴いているこっちが恥ずかしくなってしまう。ロマンチシズムの極みのような言葉だ。
こんな現実感を無視したロマンの領域に居る男こそ真の2枚目と言えるのではないだろうか。
ブライアンフェリーはロマンチシズムやダンディズムを音にしていたような男だ。
彼自身は"なよなよしい"とか今や"ただの情けなく恋をするフニャフニャおじさん"といったような説明をされることもある。
しかし幽玄な声音と霧の中で鳴っているような洗練されたサウンド。彼のバンドROXY MUSICのラストアルバムとなった"AVARON"には彼の美意識と世界観が現実とパラレルに広がっている。 名作だ。
この永遠の伊達男、初期はケバい化粧なんかもしていたが2枚目の若気の至りか何かだろう。
そして時は過ぎ、場所は東京。
ここに唯一無二の2枚目な音を輩出し続けるバンドがある。
特に渡辺俊美の男のロマンチシズムに満ち溢れる声と唄には時に鳥肌すら立つ。
彼の音楽はロマンに溺れた耽美主義とはまた違い、現実を見据えそこに足を据えた男の背中から溢れ出しているような音や言葉だ。
切なさや儚さや、そういったものを煙草の煙と一緒に吹いて煙に包んでしまうような音だ。
90年代特有の空気がそこにある。
しかしサウンドはそこに安住することはない。DJの川辺ヒロシが中心と思われるサウンドプロダクションはかなりの強度と音楽性を誇り、サンプルループを中心としながらも決して"ネタ"に頼り切らないトラックメイクの端々に彼らの決して1筋縄ではいかないセンスが光る。
開拓者のごとき気骨さそしてそれと共存する緻密さに彼ら音楽に対する懐の果てしない深さが見える。
その音と日本語の持つ独特の風情や絶妙な温度をイマジナブルに伝えようとするMC BIKKEのポエトリーディングのような唯一無二のラップと俊美の声。
この際はっきりと言おう。ここまでの凄まじい濃度は90年代の日本の邦楽シーンにおいては異常だ。今聴き返してみて強くそう思う。当時中高生だった俺の耳が全くついていけなかったことも頷ける。あろうことか当初彼らにダサいという烙印を押したが、ダサいのは明らかに俺だった。
こんな刺激の強いものはお子様には早過ぎる。
俺は彼らのソロワークスからSOUL SETに再び出会うことが出来たのだが、特に渡辺俊美のJAZZの既成概念を取っ払った"Inter-play"シリーズと川辺ヒロシのダブワイズなセンスが光る"SURRRRROUND"シリーズや"DUBMOSPHERE"で聴ける両者のDJの濃度は危険極まりない。
また渡辺俊美の別プロジェクトである"zoot16"のルーディーな音が芯にありながらも並列するはずもないようなジャンルが渾然一体となったアルバム"right out"で聴けるサウンドや、川辺ヒロシがDJ KENTとSLY MONGOOSEのベーシスト笹沼氏と結成した"ガラルード"の緩い半・人力ダブハウスサウンドもたまらない。MC BIKKEは高野寛らと"ナタリーワイズ"を結成し小泉今日子と競演するなど活動の幅を広げている。
これらのソロワークスを聴けば3人のかけ算の元値の端が覗けあの濃度にも頷ける。
もちろん計測は不能だ。
音楽を数字で語るなんてロマンのないことはやめようぜ。





































