こないだ、こないだといっても2週間近く前になるが、友人の母親が亡くなった。
直接聞いた訳じゃない。共通の知人を通して聞いた話だ。
そいつとは住んでる場所もだいぶ離れている。だから毎日のように顔を合わすような間柄でもないし、もしかしたら今まで会った回数は両手で足りてしまうかもしれない。
だが、お互いが会う場所はいつも深い。魂と魂で会話するような場所だ。絆は深い。歩こうと思っている道はそれぞれ違っても、互いの道に対する思いの熱さと深さは同じだ。
そんな友人だ。
前に一度だけアルコールの軽い波に揺られながら双方の両親の話を少しだけしたことがあった。俺が親の話を他人にすることなんか滅多にない。
そいつは自分の両親を尊敬し、デカイ感謝を捧げていた。自分を産んでくれ、自分の歩く道を支持してくれる両親をひどく子どもっぽい印象受ける言葉と表情で誇らしげに語ってくれた。
そんな友人の母親がこの世から亡くなった。
経験不足な、しがない言葉しか持ちあわせていない俺には、そいつにかけてやる言葉が見つからなかった。そして今もまだ見つかっていない。言葉は無力なのか?いや、そうじゃない。俺は何度も何度も何度もそれに救われてきた。俺は俺が無力だという事を思い知らされ、何度となく絶望する。
人間はこの世に生を受けた限り必ず死を迎えるという定説や、そこから生まれた、人は死ぬために生きるという観念は身近な死を目の前にしたときいとも容易くその力を失う。俺はその瞬間を今まで3度経験している。
そんな俺が借り物の言葉を2つ、そいつに捧げる。
"歳月は悲しみと競争する" "time is on your side"
全ての出来事は時間によってその意味を変えながら生きもし、忘れ去られもする。
お前が歩くことをやめなければ、いつか時間がお前の悲しみを追い抜くまで、時間は決してお前を見放さないだろう。俺はいつまでもここや少し先で待ってるからな。
Yusuke's mother rest in peace.

