偶数月の第一金曜日がただの週末に戻る。



6回のフライト終えて、静かにパーティーが着陸して、深く深く地面に沈み込み、元の場所に戻り、もう二度と朝日を目指す夜間飛行をすることはない。



それがどんな意味なのか未だ俺にはわからない。わかりたくないだけかもしれない。けどどっちにしろ、そんなことがわかったところで俺はどうしたらいい。



昨日の夜は何時始まって何時終わったのか。今日という日常はいつから始まり何処まで続くのか。同じミラーボールの光を体全体で浴びたあいつやあの人は何処から来て何処に向かうのか。



パーティーが永遠に続くわけじゃないことくらいわかってた。どれほど特別な夜のプレシャスな瞬間瞬間も、時の流れに風化し日常という時間に薄く溶けて流れていく。そんなことはわかってた。


ただ今はそれが馬鹿みたいに切ない。やるせない。


誰かが消えてなくなるわけじゃないのに、その誰か同士が集まって一つの空間を造り、特別な時間を紡ぐ、ある種の枠みたいなものがなくなる。枠の中にいた人間たちは液体みたいに、後は好き勝手な方に流れて行き、再び同じように集まることはない。


そんな大きな決断も失速の最中で為されたものだから、切れ味は鈍く、傷は深くないが妙に痛む。


目指した山は高くそびえ、志半ばで踵を返すことを選んだクライマーは、挫折そのものを胡麻化したくて、笑いながらありきたりな言い訳で荷物を降ろす。


結局時間ってやつに負けた。自分の弱さを認めそこにへたり込んだ。音楽の暖かさに甘えてしまった。忙しさという渦の中に飲み込まれ、それに抗うことを放棄して消えていった。


何だかまるで実感が湧かない。
静かすぎた。
冬に燃えた火は同じ季節を迎えることなく、気温と共に熱も冷めた。
ごくごく、自然な現象だったのかもしれない。
よくある話だとも思う。

変わらない思いと盲目に信じる何か。それと同時に変わってゆく肩書きや付随する状況。そこにずっと留まりたいと願っても、しがみついたまま時間は流れて行く。


3人が都内も地方も関係ないと結束した。いい音さえあれば場所なんて軽く超えられる。そう語り握手を交わした。
1人は東京というデカい街で闘ってた。2人は住んでる街の状況を少しでも変えたいと青白くくすぶっていた。
そんな3人が偶然出会い、互いの火を持ち寄って1つの夜を照らす炎に近づけようと、若さ特有の迷いや惑いや向こう見ずな信念とかっていうもので、周りの人間を巻き込みながらただ走ってきた。

10月に1つの火が消えた。
もう何処にもその明るさを見つけることができなくなった。
今何処で何をしてるのか、息をしているのかというそんなことすらもわからない。

冬の寒さに血の巡りは遅くなり、独りよがりな孤独が残った脆弱な火を匿った。

ラストプレイ。消えていった1人がよくかけていた皿を2枚繋ぎ、勝手にそいつに捧げてみた。その曲が爆音で流れるブースの中で俺は何故か静寂を聴き、そっから見える風景が遠のき、ぼやけてた。


俺たちのために笑ってくれる人がいるから俺は笑った。
俺たちのために泣いてくれる奴がいるから俺も泣いた。


いい音楽に敬意を払い、そこに集まってくれた全てのステッパーズ、ストイックなジャンキー、いかれた音好きたち、パーティーピープル、ラスタ、B-Boy、酔っ払い、俺の愛する人、俺たちを思ってくれてる全ての人たちにただただデカい感謝とこんな形でしか終われなかったことに対する寂寥の裏の申し訳なさと情けなさの中で幕は閉じる。

俺の思いをANNUI DUBの上で歌うBOSSの言葉に乗せた午前3時。それは遠くまで飛ぶことはなく光だけが眩しいフロアにへばりついていた。それでも俺は言わなくちゃなんない。


「ありがとう俺の友だちよ」

それだけ。



何かが終わると、どうにも切なくなってみせる人間とそうじゃない人間の2つのタイプに分かれると思う。終わってしまえば、存在そのもや何もかも、この世には残らなくなってしまうんじゃないか。だから、人は自分の銅像を立てたり、でっかい墓を作らせる。

自分の力がいかに大きなものかを誇示するため。

自分が確かにこの世界で何かを成し遂げたということを形にして残すため。

人の記憶なんていい加減で、なんでもすぐ忘れてしまう。けど、それで、「よい加減」なんだと思う。何かを捨てていかなければ推進力は鈍る。

次に進むために、ここに記念碑を残して置こうと思った。

12/3


何だか先のブログで取り上げたManuel Gottsching(マニュエル・ゲッチング)の周辺が騒がしい。


"E2-E4"のlive盤やらDVDやらが出るとか出ないとか。


話の出処がウェブ上だし、オフィシャル・ページに行ってみても記事がないようだし、ってことで期待しないで待つことにする。


けど出たら出たで凄いんだろーな。


あ、何だかんだで期待してる。。。




さて、友人に紹介されて行ってみた動画無料配信サイトGyaO。


大したことないんだろーなとは思いつつ。


topページでいきなりFAT BOY SLIMことビック・ビート-ブレイク・ビーツ界のドン=ノーマン・クック氏@ブライトン・ビーチ(多分)がお出迎え。懐かしいなーーー。やっぱりぶっ飛んでるわーーー。


動画で見ると(10秒も見てないけど)確かにあの熱狂ぶりの意味は伝わってくる。




しばらくざっと眺めていたらなんと"澤野工房" の動画が!


澤野工房といえばこだわり抜いた良質のJAZZを提供してくれる、「澤野さん」という個人が経営してるレーベル。で、Vladimir Shafranovのリリースなどによって世界的にも評価されている。

くらいのことしか知らず、かつ、CDを何枚か試聴したことしかないのですが前々から気にはなっていたので迷わず見てみることに。


動画には先述したVladimir Shafranovをはじめ、Jos Van BeestGiovanni Mirabassi、あのKenny Barron(あの…とは言いながらもStan Getz『People Time』での演奏しか聴いたことはない)を擁する北川潔、そして山中千尋のliveやレコーディング風景、そしてレーベル・オーナー澤野氏のインタビューが含まれている。


まずびっくりしたのは澤野工房が大阪の新世界に存在しているということ。

そしてその澤野氏、どうやら履きもの屋が本業でレベールの経営は副業というかまったく趣味の延長の領域から始まったものらしい。しかもインタビューに答える彼は商店街によくいるような気のいい大阪弁のおじさん。

何枚か試聴しただけで、「澤野工房はきっと軽井沢辺りの高原にあるペンションかなんかのオーナーが経営してるんだろうなー」と勝手な想像をしていただけに驚き。



演奏が紹介されるのは全てオールドジャズマナーに則ったトリオ編成。

微妙にアルコールが入った状態で聴いていたのだが、気持ちいい。


名門ヴァーヴからも音源をリリースするNY在住の山中千尋。

彼女の演奏は去年の春にliveに足を運んで実際に生で聴いたことがあるが、こんなところでまた見かけるとは思わずびっくり。当時そのクラブのPAとして働いていた先輩が「あれはいい女だわ」と言っていたのを思い出す。

そりゃあ、そう言いたくもなる。

容姿もよくて、それを心得ていて、まだ若くて、なおかつあんな音楽鳴らせるんだから。




澤野氏の言葉を聴いて思ったのは、”DIY”そのもの。

Jos Van Beestのレコーディングの模様からもアーティスト側のDIY精神がうかがえる。

1995年に動き出したレーベルだが、その始まりはごくごく単純で「自分の欲しい音がレコード屋で見つからなくなったから」、「こんなのが市場に出回ったら絶対売れる」という音を知っていたから。だったら自分でやってしまえばいい、最初は数が少なくともたくさんの人に聴いてもらいたい。


それにしてもJAZZってこんなオーディオ環境の悪いオンラインで聴くものじゃないな。

という思いはそんな彼の言葉で払拭された。


万人受けするような大口のわかりやすいスターを商業的にプロデュースするのもかなりの才能が要求される仕事だろう。認めるよ。

けど解る人にしか解らないような良質な本物をその審美眼で見つけ出し、それだけじゃない、質を失うことなく間口を広げ理解者を増やしていくことの方が遥かに難しく、意味のあることなんじゃないだろうか。

とおれは思う。




ちなみに今さらだけど、お前はJAZZをわかっとらんとJAZZの諸先輩方から怒られそうなので。

"I don't Know what's love is,… but I like it."


大阪の新世界から小さな小さな新世界を大事に世に送り出すAtelier Sawano。CDは極力買わない主義だけど買ってみようかなと思いました。




おおおおおおおお!


久々に興奮して取り乱してしまいました。


悪いのはこいつです。↓↓↓

http://www.cisco-records.co.jp/cgi/title/house/detail_145830.php


Ash Ra Tempel の'79年作"Ain't No Time For Tears"のライブテイクがリリース。しかもリミキサーはSpiritual Life Records 主宰のJoe Claussell。


ヤバイ。


Ash Ra Tempelと言えばジャーマン・プログレのサイケデリック・エヴェレスト。そしてその中心人物Manuel Gottsching(マニュエル・ゲッチング)は、70年代ドイツにおけるクラウト・ロックの代名詞であり、エレクトロニック・ミュージックのオリジネイター。


けどマニュエル・ゲッチングはAsh Ra Tempelのリーダーではなかったそうです。しかし今の音楽シーンに大きすぎる影響を与えたのは間違いなく彼。


1984年にSchulzeのICレーベルよりリリースした"E2-E4"。
リリースから20余年が過ぎたが、ハウス界では神以上の存在であるLarry Levanが暴徒と化したフロアを鎮めるためにかけたというエピソードや、このブログでも紹介したCarl Craigがリエディットしたり…今も生き続け、決して死ぬことはないだろう伝説の一曲です。
あぁ、うまく説明できる気がしないorg。。。。


そんなAsh Ra Tempelの今回リリースされる"Ain't No Time For Tears"。試聴は3分くらいしかできないのですが、かなり熱く恍惚としたギター・ソロが唸っています。
エクスペリメンタル~プログレッシヴ~ロックとダンス・ミュージックの接合点。


単純にかっこいいです。





2005/9/12

一人きりの時間が長く続く。笑いも驚きも涙もない時間が長く長く。
それと時を同じくしてこの部屋を一歩外にした世界では色々な出来事が起きている。その大半は俺の人生に何も与えないし、何も引かない。その大半は俺に知られることなくひっそりと始まって、ひっそりと終わりを迎える。その大半は映画にもならなければ絵にもならない。だが同時にそれらは当時者にとっては笑いや怒りや悲しみに満ち溢れ、これからの人生を左右し、これまでの人生の意味を塗り替えるような、そんな劇的なものなのかもしれない。

そんな他人の物語に触れる機会がある度に俺は大きく揺さぶられたり、一緒になって笑ったり、また時には何も感じない。そのことを1人きりの部屋で思い出すと、色々な人の色々な思いが頭を駆け巡り、それらに取り囲まれおれは動けなくなりそうになる。

死んだ人間の音楽を聴いたことがあるだろうか?

多分誰しもあるだろう。

ジョン・レノンはニューヨークで凶弾に倒れ俺が生まれたときには伝説になっていた。ジミヘンも駆け足に彼の革命を成し遂げエレクトリックレディランドから姿を消した。
ジョン・ボーナムも彼らしいといえば彼らしい死に方を遂げ、レッド・ツェッペリンはその飛行を終えた。
ジャニス・ジョプリンもシドもボブ・マーリーもスティーヴィー・レイヴォーンも。遡ればロバート・ジョンソン、ビック・ジョー・ターナーも。マイルスもコルトレーンもジャコ・パストリアスも。
彼らの音楽が長い旅をして出会うべくして俺と出会った時に、その音に命を与え、皿を世に飛ばした本人はもうこの世にいなかった。

上に挙げた偉人たちには全て俺が中学生だった時に出会ったんだ。

感受性が未熟でまだ純粋な部分もあった10代前半に彼らのような音楽に夢中になったことで、俺の人生は良くも悪くも揺さぶりをかけられた。そうして俺は今ここにいる。

折しもそんな時代に出会い、結局その時はすれ違い、長い時間を経て再び出会った音がある。

出会った時その歌い手はまだ生きていて、進行形で曲と詩を生み出していた。

初めて出会った時俺はあんたの声を今にも消えてしまいそうな頼りないものだと思ったんだ。そして、それをなぜだか怖いとすら感じた。

しばらくしてあんたはほんとうにこの世から消えてしまった。
あんたはまだまだ若かった。

生き残っている人間が先に逝ってしまった彼の死と彼の詩や音を都合よくシンクロさせるのは決して正しくない。
情に絆されても現実は見えるがそれに甘え溺れれば結局自分勝手な情しか見えなくなる。

ただ彼の死は必然だったし、彼が限られた時間で残した言葉たちもまた必然だ。
俺はその必然に思いを馳せ、その2つが重なった偶然という得体の知れない、色々な人の思いや願いが渦を巻いたそこにとらわれて動けなくなる。

彼の言葉の端々には、詠み人の死という事実によって新たな意味を産む何かが見え隠れしている。

それが異常にやるせない。

改めて聴いてみると彼の声は浮き世から離れたどこか違う場所から聞こえてくるような気がする。
けど真上とか真下じゃなくて、斜め上とか斜め下とか、ニュアンス的にはそんな感じだ。

わかりづらいけど。

ただそこの深さは無限にも思える。


彼は今その無限の何処かにいるんだろう。


日本の東京という土地で深遠なダブ・サウンドを鳴らし続けたバンド。

--ダブの生まれたジャマイカという国と日本では暮らしている人種も言葉も気候も社会制度も、何から何まで違う。
そんな差異こそがコンクリートと曇り空から時折差す日差しによく似合うような日本のダブを生み出した。
本場の真似をするだけでは決して生まれえなかったスタイル。
同じくジャマイカを発祥の地とするスカには、アメリカのジャズを当地のミュージシャンが真似したら上手くいかなくてたまたまああなったという嘘みたいなエピソードがついてくる。
俺はこの説が大好き。

日本のダブの礎を築いたのは間違いなくミュートビートだろうと個人的には思ってる。彼らの血は確実に次の世代へと受け継がれ、さらなるダブの可能性を体現してきた。
その血を受け継いだフィッシュマンズ という集団はスタンダードなバンドスタイルで東京ダブを鳴らした。


そのボーカリストの佐藤伸治が死去してからもう5年以上が経つ。
寂しさや、切なさや、悲しみや、それを知った上での少しの楽しみ、喜び。それらを受け止めて、日常という果てしなさを生きていくやるせなさ。
そしてフィッシュマンズの曲を聴くたびに感じるあまりにも大きすぎる喪失感もいつか不器用に手懐けてくんだろうな。


長い季節はまだまだ終わらない。

”心の揺れを静める為に静かな顔をするんだ
真っ赤な眼で空を見上げて 静かな顔をするんだ

眠ってる人を思い出すんだ
眠ってる人はみんな好きだから
眠ってる君を思い出すんだ
眠ってる顔が一番好きだから

ポッカリあいた穴を少しずつ埋めていくんだ
ぼんやりきまった空に君を大きく思い描いて”

「POKKA POKKA」


”ドアの外で思ったんだ あと10年たったらなんでもできそうな気がするって
でもやっぱりそんなのウソさ やっぱり何も出来ないよ
僕はいつまでも何も出来ないだろう”

「IN THE FLIGHT」


”悲しい時に 浮かぶのは いつでも君の顔だったよ
悲しい時に 笑うのは いつでも君の ことだったよ

人はいつでも 見えない力が 必要だったりしてるから
悲しい夜を 見かけたら 君のことを 思い出すのさ”

「いかれたBaby」

空中 ベスト・オブ・フィッシュマンズ/Fishmans

宇宙 ベスト・オブ・フィッシュマンズ/Fishmans

R . I . P - Shinji.S and  ありがとー

「ひきこもり系」というレッテルというか看板をひっさげたラップ・グループ(クルーという語感は確実に違う)の降神。その2人いるMCのうち1人"志人"がソロでシングルを切った。



この志人("シビット"と読むらしい)のリリックス、フロウ全てが従来型の鋳型から漏れ落ちた奇形を呈する。それは聴く耳をわざわざ選ばせる挑戦とも思えてしまう。


ok 受けて立つぜ。


と、降神名義での2ndセルCD"望"(2004)をリリースから数ヶ月遅れて手にしたものの当時の解釈の結論は保留。半信半疑。




元々「自主制作の1stをCD-Rで1000枚捌いた」、「そのCD-Rがヤフオクでプレミアがついた」、「次世代のひきこもり系」とかいったネットワーク主導の噂話が先行していた感のある彼ら。



実際は自己完結の脳薬にやられてるラップ・ジャンキー。



ECDこと石田氏曰く、都内のシーンではフリースタイルができないことを苦に自殺する若年MCがいるそうだ。

それくらいある意味"イル-ill"な世界を生きる志人は「フリースタイルをしているときしか生きている気がしない」、と。




表現の不可能にそびえる途方もなく高い壁。そのこちら側と向こう側。




そんなこんなで"アヤワスカ-EP"はCiscoのセールス・チャート4位。


彼らの世界観がどこまでリスナーに共有されているのか未だに疑問は残るし、レコードという媒体の機能面を受け容れる場所が一体どこなのか謎は残るが、坂を上るタイプのTBHとは異なる彼らからはとりあえず耳を離さないでおこうかなと思う。


"アワヤスカEP" 志人×onimas






Dancefloor experimentalist and top Detroit techno producer


彼の説明をしようと思っても、どこから何をどう説明したらいいかよくわからない。


一言で彼を言い表すのならば冒頭のくだりが一番ぴったりくる。


デトロイト・テクノのオリジネイターであるベルヴィル・スリーの面々(デリック・メイ、ホワン・アトキンス、ケヴィン・サンダーソン)の後見人としてシーンに登場した彼は、今も現在進行形でダンス・ミュージック・シーンという途方もなく肥大化した海に巨大な一石を投じ続ける。


     






常に新しいスタイルでの表現を追及し続け、ブラック・ゲットー=デトロイトからテクノの未来を世界中のリスナーに垣間見させてくるCarl Craig


1987年にDerrick Mayらと運命的な出会いを果たした彼は、1989年にDerrickのレーベルTRANSMATからPsyche名義で初のオリジナルEPをリリースする。




その後何作品かをTRANSMATからリリースし、1991年に自身のレーベルPlanet Eを設立。このレーベルの濃度は半端ない。


ファンタジックとも言える電子音剥き出しのシンセがコズミックな風景を連想させる69、よりハードでソリッドな音がミニマルに暴れるBFC、エロティックなファンク感が濃密に展開されるディスコ・(ダブ)・ハウスのPaperclip People、と様々に名義・作風を変えながらリリースする作品は全世界から熱狂的な支持を受けた。



中でもInnerzorn Orchestra名義のフューチャー・ジャズ+ミニマル+コズミック="Bug In The Bass Bin"。そしてLaurent Garnierがエディットした"Tres Demented"の"Demented(Or Just Crazy)"はまさにカオス・オブ・カオス。その破壊力は計り知れないものがある。



個人的にはPaperclip Peopleでの"Climax"で異次元に飛ばされたり、上記の"Demented(Or Just Crazy)"で発狂寸前に持ち込まれたりとフロアでかなりお世話になってます。




彼の作品に共通して言えることは、聴けば聴くほどにどんどんその作品の世界や内なる宇宙にハメられてしまうということ。




i tunes に入れた彼の最新12EP"Just Another Day"。

その中のTwilightの再生回数は他の曲の平均10倍弱の58回。


よくよく考えてみたらさすがに自分でもひきました。。。






デトロイトの地下に広がる宇宙は果てしなく黒く、深い。













Pharoah Sanders


"Oh Lord,let Me Do No Wrong"

ファラオ・サンダースの1987年リリースのアルバム。何といってもタイトル曲の圧倒的な包容力は名曲と呼ぶに相応しい。


こちらも名曲ぞろいのサックス奏者であるアルバート・アイラーなどと共にフリー・ジャズの旗揚げ者とされるサンダースおじさん(カーネルの方じゃなくて)。


激フリーかつ激メロウ。そんな彼の曲群はスピリチュアルという言葉がやはり一番ぴったりくる。


傷心や疲労でやられてるときに彼のメロウな曲を聴いてるとほんとに楽になる。余計な力が抜けるんだけど、ダルダルになるわけでもなく。

だけど同じ状況で彼の激フリーな曲はけっこう辛い(笑)


強烈なブロウはかなり気分を高揚させる効用有り。なので車の運転中などは控えた方がいいかもしれない。。


メロウ&フリー。

その振り子の幅が一番バランスよくまとめられているのが”Thembi” ではないだろうかと、個人的には思う。

"Red Black & Green"という収録曲のタイトルからも伺えるように、全曲を通して広げられる世界は限りなく濃く、スピリチュアル。



アルバムを通してメロウな空気に浸りたいならこれ、かな。"メディテーション~ファラオ・サンダース・セレクションズ・テイク2~ "

Hip-Hopのネタとして使われているので、クラブによく出入りする人なら聞いたことがあるかもしれない"ユーヴ・ゴット・トゥ・ハヴ・フリーダム"も収録されているこのアルバム。

メロウです。



ところで、冒頭で紹介した"Oh Lord, Let Me Do No Wrong"。

俺は最近再発された180gのLPレコードを購入。

レーベル面にデカデカとDoctor Jazzのロゴもあったのでオリジナルテイクだと思ってたら。

発売元はCBS。

何か中途半端なフェードアウトで終わるなぁと思ったら。。。

友人に言われて気づいた次第。


まぁいい曲には変わりはなし。

                   


















1958年に発表されたテニス・フォー・ツー(tennis for two)という、オシロスコープ上で極々単純な点と線の電子表示のみで構成されたテニスゲームが世界最初のコンピューター・ゲームだそうだ。まぁハードとソフト一体型で、稼動させるにはバカでかいコンピューター設備が必要だったため一般に普及することはなかったらしい。

http://www.pong-story.com/1958.htm

見た目のイメージは映画等でよく見る潜水艦のソナー・レーダーによく似ている。
それもそのはずで、このゲームは核ミサイルの発射角の計算技術から生み出されたものだそうだ。
つまり乱暴ないい方をすればゲームは核戦争の副産物と言える。

だからってどうこう言うつもりはない。問題は初動はどうあれそれが今どんな状態でどこへ向かってるのかということだ。
様々な技術をはじめ、医学も心理学も国家単位の戦争があったからこそ、結果的に戦争以前より飛躍的に発展した。これは皮肉じゃなくて事実だ。
ただ戦争がなくてもその発展が少しばかり遅れただけかもしれない。もしくは治療を必要とする痛みそのものが生じていないかったかもしれない。こっちは皮肉だ。



正直に言えば俺はゲームがあんまり好きじゃない。正確に言えばゲームに遊ばれてる人間は大嫌いだ。
いつも、そして何においてもそうだが、使うのと使われるのは紙一重だ。
ゲームの仮想現実の機能や仕組みはわからないでもない。俺だって音楽や映画や美術作品にファンタジーを求める。

わかりやすいモノほど「その他大勢」に機能する。視覚情報はその最たる例だろう。あるラッパーは「プロパガンダって何だ?何だテレビの事か知らなんだ」とまで歌っている。

確かにゲームはわかりやすい。基本的な原理や法則は説明書に書いてあるし、その世界観を同じゲームで遊んだ仲間と共有できる。


それにしてもアメリカという国は病気だ。
アメリカズ・アーミー。
これはアメリカ陸軍が開発したゲームらしく、その開発理由も恐ろしいが結果はそれ以上に恐ろしい。

志願兵の減少に悩んでいたアメリカ陸軍は軍のPRとして軍事シュミレーションゲームをネットで無料配信することを決定し、多額の開発費用を投じてゲームを開発した。内容は簡単に言えば戦場のバーチャル体験。敵地において作戦を遂行する。ライフルやバズーカを使って相手側の兵士を殺す。
こんな子ども騙しで軍に入る阿呆いるのかよと思ったら、どうやらあの国の若いコンピューター世代にはゴロゴロいたらしい。

志願者は急増した。
彼らは志願理由聞かれたら何て答えるつもりなんだろう。
まぁそれは個人の問題だからいいとして、これを日本でそのまま自衛隊のPRに使っても成功しないだろうなぁと思ったり。
典型的な現在の若い世代の群像がゲームをプレーして愛国心を掻き立てられ、厳しい訓練をモノともせずに鍛錬してる姿は想像し難い。

この違いが日米間の「転石苔蒸さず」という言葉の意味する所の違いなんだろう。
どっちがいいとかじゃない。転がってる石は何処に行くかわかったもんじゃないし、一度生えた苔は根を深く張ってなかなか落ちない。

話が飛び飛びになるけど「愛国心」で思い出した。

この国はいったい何を目指して、何処に行こうとしているんだ?

自民党の憲法草案が決定された。戦争放棄をうたった現九条一項は維持、交戦権否認の現九条二項は削除し、国防と国際協力、災害派遣など公共の秩序維持を任務とする自衛軍の保持が明記されていた。

確かに自衛隊は他国から見たら「軍」と変わらない。「だから名前を現状に近づけなければいけない」と誰かが言ったらしいが、あまりの本末転倒ぶりに失笑した。

とにかくあんまり愉快な話じゃない。


話は戻って。

さっきも言ったようにゲームはあんまり好きじゃない。
だからって「戦争ゲームや暴力描写のあるゲームをこの世からなくせばいい」なんてどこぞのPTAみたいなことは言わない。ファンタジーはあくまでファンタジーだ。
カタルシス効果があるという人もいる。否定はできない。
しかも今やこの国でゲーム産業は一兆円市場と言われている。現実的に考えれば、ここまで巨大なマーケットが成立している山はそう簡単に動かない。

何でもそうだが全ての事物はそれに明確な作成者や発信源がある以上、それ自体が一つのメッセージになりうる。
マルセル・デュシャンの作品である便器も彼にしてみればこれ以上ないメッセージとして機能する。そして世界もそれを認めた。


重要なのはそのメッセージを受け手がどう解釈するか、つまりコミュニケーションの過程そのものだ。

戦争ゲームのクリエーター達のサブメッセージは戦争の残酷さや虚しさ、ひいては非戦であろう。この際そう信じよう。
しかしゲームを勝って遊んだ奴がそのメッセージを履き違え、ヤッベ俺も戦争行って人撃ちてー…なんてことはねぇか。


ちなみに日本で大人気のメタルギアソリッド。このシリーズの中で冷戦がテーマになっているvol.があり、その舞台となる密林のモデルとなったのが屋久島らしい。実際にクリエーター達がフィールドワークをしに屋久島を訪れている。

何故だか屋久島には何か特別な感情を抱いていた。

日本のヒップホップの黎明期を支え今もシーンの第一線で活躍するDj kensei。最近はオーガニックやアブストラクトに傾倒しつつグッドミュージックを発信し続けている。彼もここを訪れその音を実際に録り、その空気や景色を音にした。



両者が訪れた場所は同じだが見ようとしていた景色は全く違う。
先述したゲームは映像で見たことしかないが、ケンセイの音がBGMには決してなり得ないだろう。

何か複雑な心境。



どんだけ放置プレイすれば気が済むのよ。


って最後の更新から早1ヶ月。えー、自分でもびっくり。


別にごろごろしてたわけじゃないです。

かといって身辺整理に追われてたとかでもなく、傷心旅行してたわけでもなく。


なんだかんだ色々忙しくて音楽から離れた生活をしてたのは事実。


そんな状態で自分のオーガナイズしてるクラブイベントでDJしが、全く楽しくない。

DJブースに立つのがほぼ苦行と化していた。ような気がする。

他のDJも、その選曲も好きなはずなのに全然踊れない。楽しめない。

なんだか後ろめたさと馴染みのない戸惑いにつきまとわれているような感じ。


いい転機になったと思う。


切り替えうまくしないとなーと痛感。



ほんとは好きでたまらないんだけど、聞いているうちに、聞いていた当時のことを思い出したり、歌われた時代に思いを馳せたりしてしまって切なくなったり、気が狂いそうになってしまうような音楽がある。

最近そんな曲に素直に向き合うことができた。


それらはThe Beatlesだったり、Bob Dylanだったり、東京スカパラダイスオーケストラだったり。

そしてUnderground Resistanceだったりする。

いずれにせよ、全部が今の俺を創り俺を動かしてきて、今も動かし続けている曲ばかりだ。

それを改めて気付かせてくれた”時間”ってやつには感謝しなくちゃいけない。

わかりきっているからこそ、信じきっているからこそ、その姿が見えなくなり時に焦る。

空気が見えなくて、酸素と窒素と二酸化炭素の区別がつかないのと一緒だ。

どうやら俺は呼吸をよく忘れるらしい。


”大きく息を吸い込んでから、吐く”


明日もやれるだけのことはやろうと思う。


それが今の精一杯。

人から冷静だねと言われることがある。
ほんとは冷静じゃなくて感情表出がうまくないのと考え過ぎなだけ。


つい最近。
財布をなくした。
状況から考えるとどうも盗まれたらしい。もう頭の中ではそれが決定している。

なのにまるで現実感がない。

想像力が欠如してるとかそういうんじゃない。実際過去に財布や通帳を盗まれてえらく難儀をした事もある。
想像力を欠いているのはちょっとした悪意と冒険心で盗みに手を出す奴だ。
人の痛みを理解することが出来ない。

こういう奴に限って自分がやられる番になると騒ぎ立てる。

昔身近にそんな奴らがよくいた。


気付いた時は焦りもしたが、こういう場合どうなるんだろうなと考え始めると急に冷めた。このまま諦めて帰る自分が頭に描けていた。カードの利用停止や新規登録の果てしなさを考えると面倒になった。軽く逃避的思考が働いている。
しばらく考えてたが、考えててもしょうがないので店員に事情を話しに行くときには、こういう時はやっぱり焦ったフリした方がいいのかな。勘定ごまかして帰ろうとか思われてんじゃないかな。とかバカみたいなことが頭を巡り、「すいません財布が盗まれたみたいなんですけど」と言ってる自分は他からみたらやっぱり冷静に見えたのだろうか。


わからない。

落ち。

財布は座ってたソファのリクライニングと座席の間に埋もれていた。こればっかりは冷静に恥ずかしかった。。。



遅ればせながら東京ザヴィヌル・バッハ のニューアルバム聴きました。




この"a 8 v"、前作や前々作から比べると大分掴み所が所々にあり、やけにまとまった感が感じられたわけで。


それでもやっぱりヤバイことには変わりはないわけで。


この東京ザヴィヌルバッハ、実力派キーボード奏者の坪口昌恭と、稀代のジャズマン菊地成孔による人工知能的ファンク・ジャズ・ユニットとでも言えばいいのか。

両者はDCPR(デートコースペンタゴンロイヤルガーデン:この命名もヤバイ…!)での活動でも知られる現代進行形ジャズの体現者。

現代音楽や初期のミニマル・テクノなどで使われていた(過去形)自動変奏シーケンスソフト“M”にビートとベースを担当させ、そのランダム感溢れる演奏と、生身の人間2人がキーボード、サックスのインプロピゼーションを中心にしてセッションをする。




グルーヴは宇宙。ファンクは重く。コラージュはぶっ飛ぶ。




セカンド・サマー・オブ・ラブを通り過ぎたネオ・エレクトリックマイルス。

そんな形容がぴったりではないにしてもよく当てはまる。

"Get Up With It"でマイルスは各ミュージシャンに混沌を爆発させて散らかしっ放しにさせたが、TZBはそこから一歩踏み出しさらに強力になったエレクトロニクスを味方に引き入れた。

ここにはDPRGのようなフィジカルなダイナミズムはないが、グルーヴは決して死んでいない。
各音のインプロビゼーションとアンサンブル、思わせぶりなビート、一瞬の閃きを宿すノイズ。それらがまとめ上げられ、絶妙に組み立てられた唯一無二のエレクトリックジャズミュージックがそこにある。

前作から比べると80の空気は薄くなったような気もしなくはないがやはり音はどこまでもクール。


もちろん毒気のあるジョークも忘れてない。


これを可能にしたのは菊池氏のとても40を過ぎたとは思えない感性と40を過ぎてこその体験がもたらした知性だろう。彼のジャズを見つめる視線はどこまでも冷静だ。


ダンスミュージックやエロクトロニックに積極的にアプローチし、同じくサックスと電子楽器を操るジャズマンとして同じトピックに取り上げられることも多い藤原大輔


彼の今の所の最新作"jazzic anomaly"は全て四つ打ち(解釈によらなくもない)だが、どこかにジャズとテクノの間に存在する溝に対するコンプレックスのようなものが感じられなくもない。


彼の手によって突然変異をもたらされたジャズは素晴らしい。一曲一曲にあるサブテーマを定め映画音楽のようにして音のみでその世界を作り上げていく。

しかしそのコンセプトのせいかイメージは一曲ごとにかなりの広がりを見せるが最後にはまたそこに集約してしまう。ザヴィヌルバッハを前にするとやはり色褪せてしまう感は否めない。


だが何度も言うようだが「月の明かりと地球の夜」をテーマにした「映画的なアルバム」というコンセプチュアルな作品としてはかなり秀逸であることに変わりはない。


彼の音をphatで初めて聴いたとき、"日本のジャズはorgan barとは別ベクトルで間違いなく彼らを中心に変わっていく"とすぐに確信した。


確信は今も揺るがない。



そして2005/8/28の明け方。ここ日本で流れていた奇跡のような時間で藤原大輔とG2Gと共演したHI-TECH JAZZの景色は一生俺の中で死ぬことはないだろう。