今日は、休日出勤でした。
お仕事帰りに、国道245号線を通ったら…見えました。
写真は、東海第二発電所です。
福島の原発事故がおきてから…何かと気になってしまう原発。
私の暮らしの中でも原発は、身近に存在しております。
もし、東海村の原発が事故を起こしてしまったら…
私が住んでいる地域も、今の双葉町や大熊町のように
帰宅困難地域になってしまう可能大です。
先日会いに行ってきたおばちゃんの実家は、
双葉町にありました。
原発が出来る話が出た時は、
地元住民は大反対だったそうです。
しかし当時の
議員さん
町や県を取り仕切っている方たちが
原発誘致に熱心だったのかしら

おばちゃんの話から…そんな印象を受けました。
(実際はどうだったのか分りかねますが…)
おばちゃんも、80歳を目前にして、
まさか住み慣れた場所を離れ、
同居してきた娘一家を離れて、
1人暮らしをすることになるとは思っていなかったそうです。
私は、原発に反対でも賛成でもどちらでもありません。
日本は、エネルギー資源の乏しい国です。
原発は無いにこしたことは無いけれども…
エネルギー資源に恵まれていない国だからこそ、
原子力を上手く利用し共存し、
行くのも1つの選択肢かな
と感じております。
しかし、核燃料はとても危険な物質です。
常に事故が起きてしまった時の
最悪のシナリオを想定して、
安全性を重視して原子炉を設計し、
おきてはならない事故が起きないように
原子力発電所を作るべきではなかったでしょうか
そうでなくても、太平洋戦争時代、
日本の広島、長崎に原子爆弾が投下されております。
日本は原子爆弾の恐ろしさを味わった国だからこそ、
核燃料の恐ろしさを知っている筈です。
それでも起きてしまった事故です。
起きてしまった…取り返しが付かないんだと、
福島の事故を目の当たりにしていて…
シミジミと実感した次第です。
最悪なシナリオを常に想定して、
安全に安全を考慮して作ってほしかったです。
福島の親戚は、命は助かったものの…
住む場所を失いました。
そして、仮設住宅に移りましたけれども…
一家離散状態です。
原発事故で避難生活を余儀なくされているみなさんや
東日本大震災で住み場所を失った皆さんが、
1日も早く震災前の暮らしに限りなく近い生活に戻れる日が来ます様に
心に負われた傷が少しずつでも…和らいで行きますように

残念ながらお星様は見えないけれども…
七夕の夜に星に願いを

おしょうしな~(オキタマ弁でありがとう!)

