福島第一原発のある場所の昔話 | Colorful Songs

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グリム童話『ブレーメンの音楽隊』が好きで大人になったら音楽家になることが夢でした。
音楽教育を受けられず大人になり、音楽愛が大爆発!
現在はクラリネット、ギター、ヴォイスレッスンを楽しんでいます。

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とんぼ玉の先生から、ココア味の南部せんべいを頂きました。
被災地岩手県のお菓子です。
とんぼ玉の先生、ステキなお土産とステキな心遣い
ありがとうございます。心より感謝感謝です。
 
これを福島から避難しているおばちゃんと一緒に味わいたいな~
そうえいば、おばちゃんどうしているかな
そうだ おばちゃんに会いに行こう
急遽、おばちゃんの家に顔出し&新年のご挨拶に行ってきました。

おばちゃんは、うちのお父さんのお兄さん(長男)のお嫁さんです。
父方の本家をずっとずーーっと守って来て下さった方です。
私とおばちゃんは、直接血の繋がりはないけれども、
父と一緒に福島に帰省すると、私のことを
とても可愛がって下さいました。
祖母のことも好きだったけど、おばちゃんのこととがもっと好きでした。

私が着いた時、おばちゃんは、折り紙をされていました。
「Freesia やることがないだよ~」バリバリの相馬弁で語りかけてくるの~
なんだかとても懐かしいです。
うちのお父さんも茨城に来て、何十年にもなるけど…
未だにばりばりの相馬弁で話します。

おばちゃんは、福島第一原発から、
5キロ圏内のところで生まれ育ちました。
昔、福島第一原発がある場所は、飛行場だったそうです。
特攻隊基地になっていたのだそうです。
戦争後は、ある企業によって製塩(塩作り)が行われていたそうです。
製塩が双葉駅の近くに移動し、東電に土地が買収され、
福島第一原発が出来たそうです。

おばちゃんの話によると、
福島第一原発の原発交付金って、
みんな福島市に持って行かれてしまった。
おばちゃんの実家は、帰宅困難地域になりそうです。

なんだか話を聞いていて、とても切なかった。
大切なふるさとが目に見えない恐怖(放射能)で、
戻ることが出来ない。
ふるさとって、大切な特別な場所って改めて思う。
おばちゃんが変えるべき場所、
父の実家も福島第一原発から15キロ圏内です。
戻ったとしても、放射能で水は飲めない、
田んぼも畑で農作物を育てたくても、育てることも出来ない。
電車が走らなくなり10ヶ月の常磐線の線路もさびてぼろぼろだそうだ。
震災前まで生活していた場所にたとえ戻れたとしても、
生活環境はとても深刻だ。
買い物も車で30分走らないと出来なくなってしまうそうだ。

福島には、宮城や岩手にはない、放射能の脅威がある。
私は住んでいたことは無いけど…父一族のたいせつなふるさとがある
うつくしま福島が好き。

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