僕は、今日、夢が消えた。

何故ならば、もう、望むだけ辛いからである。

20代の頃とは、全く逆のマインドだ。

僕は、この人生で努力を惜しんだことが一度もないので、僕がこのまま死ぬなら、努力こそが人間にとって最も恥足る行為だと言い、僕は責任を持って、恥をかいても後悔しても努力すると決めた。

結果的には、年齢の壁には勝てず、気力が出ない。

「そんな夢を叶えて、一体、何になるのだ」という思いに、悩むようになった。

そして、そこまで、努力をしてみて、僕は不幸になることが全く怖くなくなった。

今までは、不幸になることを想像すると、夜も眠れぬほど怖かった。

しかし、努力をやり尽くして、自分の力ではどうにもならないところまでやってみると、不幸になることが、全く怖くなくなったのだ。

僕は障がい者だが、この社会において、障がい者は、生きているべきではないと、僕も、ここまでやって、思った。

障がい者なんてものは、結局、邪魔なだけの存在であり、福祉なんてものは、嘘っぱちです。

しかし、私は人生で一番楽しいのは、夢に向かって歩いている時だと言った。

それは、正しかった。

つまり、「障がい者にも、人権はある」と綺麗事をおっしゃった人のお陰で、私の今までの楽しい人生があったと思うと、皮肉にも感じる。

あと、僕に残されているのは、奇跡だけだ。

奇跡が起きなければ、僕の夢は、絶対に叶わない。

しかし、私は、それでも、夢を追いかける。

勿論、もう、自分でレールを引くことは出来ないが、僕は障がい者の代表として、最後まで、努力を続け、この社会と人類の愚かさを示してから、死にたい。

僕は死ぬことなんて、もう、何も怖くない。

医者なんて不真面目な仕事に何も立派だと思わない。

結局、僕は殺されるのでしょうから、僕が死んでも、次の日から、普段通りでしょう。

しかし、もしも、この僕の人生が、人間として最後なら、今までの罪を全て背負って死にたいです。(僕も過去世そうして来たのだろうから)

僕は、世の中の、真実を知って死ぬだろう。

医者なんて、僕の目には、何も立派な仕事だと思えない。