今回は、「安藤光(私)はかつて、四百字の作文に十二時間かかった」という話題で、記事を提供しようと思います。
令和の文明というのは、文明の最終形を迎えていて、これより文明が発達することはないのですが、私はこの贅沢な令和文明の衰退を見ずに、人生を過ごせたらなと願っています。
勿論、文明の行き詰まりととらえて、解体することも可能なのですが、少なくても、私はこの贅沢な令和文明を拡大させながら、維持し、その時代に人生を全うしたいと希望しているのです。
その時に、よく哲学書や心理学書に「文明は進化したが、人間の本質は変わらない。」という記述を必ずこれまでに見てきたのですが、少なくても、私は、この問題を解決してから、もしも、文明を解体するなら、そこまで、人類史を刻んでから、文明を解体したいのです。
今は文明が進んだことで、その素晴らしい文明により、人類がそれに負けてしまっていて、多くの方々が辛い日々を過ごされています。
しかし、文明は本来は人間が作り出したもので、文明とは人類にあくまで従属するものであり、それが、成されないために、文明が進んだことで、かえって、昔よりも、多くの人類が辛い状況にいらっしゃるというのが、この令和の最初の問題でしょう。
昔はお手紙ひとつ送るのに、大変でした。
ご両親も、字が書けない子供のために、筆を取ろうとするとは、特別な時だけでした。
ですから、とにかく、子供には文字の読み書きが出来るように、教育が昔の方がしっかりしていました。
しかし、今は、コンピューターを使えば、電子メールで簡単に他者とのコミュニケーションがとれる時代です。
ご両親も、字が書けない子供のために、コンピューターのキーボードを叩くのは、コンピューターなら、書いている途中で文章を直せますし、書面に向かう時と違い、コンピューターを見る時には視野が広くなりますから、文章の全体をキーボードを叩きながら、確認することが出来、文章を作成するのが、凄く楽になりました。
しかし、ここが、落とし穴であり、また、令和文明を利用して、これまで未解決だった人類史の逆境を乗り越えることが出来るチャンスでもあります。
つまり、物はあるのです。
もしもの時には、昔と違って、何とかなるのです。
しかし、それに甘んじず、昔よりも自分を律することを心がけ、しっかりと文字の読み書きの練習を、これから、大人になる青年たちには、努めて頂きたいのです。
私は小学校二年生の時に、素晴らしい学校の先生に作文の居残り学習を教わりました。
最終下校時刻までお付き合い頂き、晴れて、私は文章を自由に作文できるようになったのです。
作家で太成する才能はないかも知れませんが、私は、日本語でも外国語でも、物を考え、意見を述べられるのです。
その時に、例えば、小学校では遠足や運動会があると、その後に、必ず作文があるのですが、私は苦手だったので、居残り学習で最終下校時刻まで、約二時間の作文に取り組みました。
当時は週六日間で、一日休日でしたから、二かける六で十二時間程度、四百字の原稿用紙に作文するのに時間がかかりました。
今でこそ、この記事は四百字を遠に越えていますが、一時間以内には作成が可能な予定です。
その時に、私は色々と今まで学ばせて頂いた言語の中で、得意な言語と苦手な言語があります。
日本語とフランス語は私にとっては得意な言語です。
イタリア語は中くらいで得意です。
英語とドイツ語は苦手です。
これは、文章を書く練習をして、自分のありのままの姿を作文できるようになった時に、ご自身でわかるものなのです。
「幸せ」なのか「不幸せ」なのか「好き」なのか「嫌い」なのか「苦手」なのか「楽しい」のか「面白い」のか「ワクワクする」のか「ハラハラする」のか「嬉しい」のか「嬉しくない」のか「怒っている」のか「悲しい」のか「悔しい」のか、まずは、自分のことを言葉として書けるように練習することが大切です。
その時に、私は日本語やフランス語だと、自分で作文した文章を読んでみて、好意的に感じるのです。
なので、日本語やフランス語は得意なのです。
反対に、英語やドイツ語で私が自分のこと作文しますと、私個人の感想としては、あまり好きとは感じないので、英語やドイツ語は苦手なのです。
イタリア語は、その間の中くらいのイメージです。
これは、個人差があるので、この例はあくまで私の場合ですが、平成の時代には、日本が合わないから、アメリカやイギリスに移住して、英語の世界で人生を送りたいということで、そういった話題が一時、テレビや新聞紙や雑誌等のメディアで取り上げられたこともあります。
しかし、文明が最終形にある今、何かあった時には、直ぐに連絡はつく時代ですから、むしろ、身の安全は昔よりも良いことから、安心してじっくり、これから大人になる青年たちには、自発的な文字の読み書きを練習して頂きたいと思います。
安心というのは、物事を頑張る時に、非常に大事なものです。
ハラハラとした安心のない状態で頑張るよりも、安心のある今の令和の時代の方が、余計な心配事が浮かばないので、本当の意味で多くの方々が文字の読み書きが出来るようになり、人類史上、今まで人類が成せなかった新しく素晴らしい時代を、皆様と共に築いていけたなら、私は幸いです。