お子さまのゲームの時間は、一日、一時間程度は私は賛成です。

ゲームというのは、最近までは、主に「ビデオゲーム」「パソコンゲーム」「スマホゲーム」というデジタルな印象があり、その理由は「目が悪くなる」ということでしたが、私は、昔ながらのアナログのゲームの「将棋」「囲碁」「チェス」「オセロ」「トランプカード(プレイングカード)」「麻雀」「スゴロク」「人生ゲーム」「パチンコ」「ビリヤード」等を含み、もう一つ理由を加えたいのですが、「頭が混乱するから」ということです。

お正月等の特別な日に、例えば、先ほどの他にもある「福笑い」を、一日中、周りの大人の方が様子を見ながらお子さまと付き合う等は良いと思いますし、基本的に、ゲームは、お子さまには、私は一度はやらせたいのですが、しかし、私は普段の日は、一日一時間という時間制限をお子さまには与えたいです。

勿論、その世界を志す大人なお子さまには、大人の方が監督した中で、ガッツリやらせても良いと思いますし、それ意外にも、私はゲームは、お子さまの人生経験として、「遊ぶ」ということで、積極的にやらせたいのですが、やはり、一日一時間という時間制限をお子さまには与えることには、大賛成です。

「遊ぶ」ということは、大人になってからは、その経験が非常に良くて、例えば将棋の一人差し等、ゲームによって、勝ち方というのは、全部違っていて、世の中の一定の法則をみつけ、その人の人生を有利に持っていく「ヒント」としての感覚を養うためには、お子さまのうちにゲーム等を通じて「遊ぶ」という行為は、人生経験として、非常に良いことだと思います。

しかし、やはり、お子さまへの長時間のゲームの許可は、世の中の倫理観の感覚を失わせる可能性が高く、かえって、そのお子さまのその後の人生の可能性を奪うことがあるからです。

それよりも、大人になってから、例えば、「将棋」なら、羊羮を召し上がりながら、上がりに焼酎を入れたりや、「トランプカード」なら、コーラを飲みながら、最後にウィスキーのショットを入れたりなど、そのように、本当にゲームがやりたいなら、そのような世界があるということを示した上で、お子さまには、一日一時間という時間制限を儲けた上で、是非、ゲームをやらせてあげたいなと、私は思います。