私はこの時代を生きてきて、素晴らしい政治家の方の「義務教育はこれからは小学生で良い」という意見は私は大賛成です。

私はあの素晴らしい政治家が総理大臣であられた時に、学生でしたから、このことは良くわかります。

まだ、不足はありますが、私が色々なことを知っているのは、中学、高校、大学の教員が当てにならなかったからです。

小学校は、算数や国語等、これは必ず必要なことだと思いますが、私の通った先の道、中学校、高校、大学の教員からは、私は何も教えて頂けなかったので、自分で本を買って勉強したのです。

幼稚園の先生、そして小学校の教員以外の教員は、まるで、当てに人生の当てにならなかったです。

何故か知りませんが、直感が当時の私にそう教えてくれたようです。

先生に教わるよりも、自分で教科書を読み、自分の力で学ぶことが、最も良いことを直感的に知っていたのでしょう。

32歳の私が大人として、色々と、当時の中学校、高校、大学の教員のことを愛おしいと思うことはありますが、それは、決して教員としてではありません。

私は大学は一年留年しましたが、それ以外は、全てストレートで卒業していますが、書類上は、私の学歴は無いことになっています。

勿論、全ての通った学校の卒業証書は家に飾らず、持っています。

当時は腹が立ちましたが、これで、良かったと今は思います。

私のプロフィールは、あくまで、大人として、私が通った道を示しているだけです。

書類上、実は私は学歴は一切ありません。

私ももう大人ですから、教員が嘘っぱち集団とは捉えていません。

大人の事情は、やはり教員にもあっても良いものです。

しかし、昭和の過去の教育のことは、生まれていないので、知りませんが、少なくても、平成という時代において、義務教育は小学生までで良いという、素晴らしい政治家の方のご意見は、私も賛成です。

しかしながら、教科書は素晴らしいもので、文部科学省の素晴らしいお仕事の賜物だと思います。

教科書の内容は本当に素晴らしかったです。

世の中のあらゆる常識を何でも学ぶことが出来ます。

しかし、私は教員に教わったのではなく、あくまで、教科書を読んだのは、私の力なので、私に学歴が無いというのは、正解なのかも知れません。

私は反社会的なことを言っている訳ではありません。

むしろ、文部科学省の方々がミスひとつなく、丁寧に作って頂いた教科書は、これからの時代は、自分の力で読むべきものだと思います。

私が色々と知っているのは、誰も手に入らない入手困難な教材のお陰では、基本的にはありません。

皆が持っている教科書を、自分で勉強しただけです。

ということで、私のプロフィールは、大人のとしての愛情として書いているのであり、一応、卒業式も出ましたし、卒業証書も頂きましたが、私のプロフィールは学歴詐称ということになっているのかもしれない、ということを、申し上げておきます。

私は無学歴らしいです。



補足

だって、期待して、言われた通りやってみたけど、出来なかったんだもん。

一通りは言われた通り全部やったよ。

しかし、理想的な結果にはならなかった。

だったら、自分で学んだ方がよい。

しかし、教員ではなく、あるいは、教員としてではなく、人として、色々と技術や技を学ばせて頂いたことは、本当に感謝している。