バックパックとテクテク。 -6ページ目

バックパックとテクテク。

ずっと憧れていたバックパッカー。2014年3月からマレーシア・クアラルンプールからスタートして、トルコはイスタンブールを目指します。旅のワクワクを届けられますように。バックパックと一緒に、テクテクいろいろ見てきます。

旅の日記より 140510 19:15
ーーーーここからオーストラリア時間ーーーー
19:15
離陸して7時間ほど。あと30分でシドニーに到着する。東南アジアの旅が2ヶ月間。これから始まるオーストラリア編は何ヶ月過ごして、どこに行くのだろう。とりあえず!旅のお金を貯めないと。仕事がうまく見つかるかな。うまく家族や友人に手伝ってもらおう。今日はJoshとLewisがBooragulまで迎えに来てくれる!あと6時間後には再会。どうなってるんだろうな、僕は変わっただろうか。空港、列車と移動は注意で。

19:50
最終着陸態勢。ただいま!オーストラリア。

22:20
空港には8時半ころに到着。相変わらずオーストラリアの入管はフレンドリーだ。列車の駅まで移動する前に、空港から一歩足を踏み出して思いっきりオーストラリアの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。空気が冷たい。そしてこの乾燥した、やや埃っぽい香り。8年前、初めて海外の空気を吸った時と同じ香りがして、記憶が鮮明に蘇ってくる。僕は確かに帰ってきた。初めての海外渡航の地、オーストラリアへ!セントラル駅までのアクセスもうまく行き、どうやら22:45発、Newcastle行きに乗って1時過ぎに到着できそうだ。途中、駅の外へ出たのだけれど、やはりオーストラリア寒い。服が全然足りない。それから、当たり前の英語表記とレンガ造りのおしゃれな駅…。今朝まで東南アジアにいたとは思えない。友人と家族が待っていてくれるからとても安心…。ゆっくりと、8年前の思い出に浸りながら列車に揺られることにしようー。

1:30
途中電車乗り換えの時に乗り換える電車が来てなかったから30ほど遅れてる。そして次の駅が、ついにBooragul!あの無人駅に、LewisとJoshが待ってる。8年前の約束が、やっと実現する。どんな顔して電車降りたらいいのだろうか。楽しみと緊張。さあ、帰ってきたよ!!

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というわけで、次の旅はオーストラリア。8年振りにホストファミリーと友人との再会、とれから旅の資金稼ぎを目的にやって来ました!これからもご期待ください!

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140510

3度目のハジャイも楽しく過ごせた。出発から2ヶ月。髪も伸びてきたので発の海外での散髪に挑み、どうやらバリカンを使うのが好きなヘアドレッサーの人だったようで、「おまかせで」と頼むとすごい勢いで僕の両サイドの髪をバリカンで刈って、そのあとトップをちょっぴりカットするような散髪。セットはワックスでオールバックに。すっかりタイ風の髪型になり、翌朝随分と仲良くなったキャセイ・ゲストハウスのスタッフのみんなに別れを告げて、僕はクアラルンプール行きのバスへ乗り込んだ。

旅の始まりとなった街へ、9時間掛けてバスで戻る。2ヶ月間の東南アジア。いろいろな出会いがあった。仲良くなった人はもちろん、酒を飲んでて気が合わない人にも出会った。飯も喰った。写真も撮った。全てが新しくて、全てが輝いていた。憧れのバックパッカーの始まりだった場所。初心者の僕に、多くを教えてくれた場所。そんな東南アジアと僕は別れる。

2度目のクアラルンプールでは、ハジャイで知り合った日本人の方の家に2泊、泊めていただいた。久しぶりに食べる鍋は格別だった。その人が所有しているエレキギターも飽きるまで弾かせてもらった。のんびりと、東南アジアの余韻に浸りながら時間を過ごした2泊3日間。出会いで、世界が広がっていく感覚を覚えた。

シドニー行きのフライトはクアラルンプールのKLIA2から。元々Airasiaの出発空港は、KLCCからだったのだけれど、前日の5月9日からKLIA2に変わったそうで、最初は戸惑ったけれどなんとか地下鉄で到着。新しい空港は、まだオープンしていない免税店もあった。荷持を預けて、チェックインを済ませて、コーヒーを飲んだ後に、まだ設置されて間もないゴミ箱に『地球の歩き方 東南アジア編』を放り込んだ。

僕は、東南アジアを離れる。

そしてオーストラリアへ。到着して、空港から無人駅へ向かって、8年ぶりに友人と再会する。そんな出来事がこの後起こるなんて信じられないと思いつつ、飛行機はシドニーへ向けて離陸した。友人との再会、ホームステイしていた時の家族との再会、そしてファームワークで旅の資金稼ぎ。また新しい旅が、始まる。

旅は東南アジアからオーストラリアへ…。

「バックパックとテクテク 東南アジア編」終了。


結構短く切ってきたはずなのに、あっという間に伸びました…。


スッキリ切ってもらいました!けど、セットしないと金正恩のような髪型になります。


いつも入り浸っていたバーの隣のお店の友人と。最終日はビールご馳走さま!


行きます、シドニーへ!

140507 Facebookへの投稿から

オーストラリアまであと3日になった。


僕の初めての海外渡航は2006年。今から8年前の夏に留学でオーストラリアへ3ヶ月、レイクマクワリーという小さな湖の街の高校に通った。

高校が始まり、誰に話していいのか分からず過ごしていた2日目。緊張しながら授業(確か歴史の授業だった)に参加して、隣に座ったアフロの背の高い男が笑って僕に1枚のノートの端を丁寧に切った紙を渡してきた。なんだろう、と思って開くとそこには

「はじめまして。友達になろうよ。」

という文字。英語じゃなく、日本語で。初日に日本人の留学生がやって来たということで興味を持っていて、大切に、その日の夜にノートを切って、そのフレーズを書いて、教科書に挟んでいたそうだ

その授業の後の昼食。彼は用事があるので、と行って何処かへ行き、僕は1人iPodで音楽を聴きながらリンゴを囓っていた。10分ほど経ってアフロの彼が帰ってきて、僕の耳からイヤホンを片方引っこ抜き、自分の耳に押し込む。たまたまその時僕はレッチリを聴いていて、彼もレッチリが大好きだと笑って喜んだ。話をしていくと彼はボーカル・ギターをしているという。僕もギター弾くんだよね、というと未だ昼食が残っていたにも関わらず彼は僕を音楽室へ連れていった。

到着した音楽室には、ギター、ベースが1本ずつ、ドラムセット、マイクが置いてあって、彼はアンプに電源を入れてギターを接続して、僕の肩に掛ける。「何か弾いてよ」と言うのでNIRVANAのSmells like teen spiritのリフを弾いた。「これ知ってる?」「知ってるよ!」そんなやりとりをしながら数分リフを引き続けていると(とはいっても4つのパワー・コードしか無いのだけれど)音楽室の扉が開いた。

がたいの良い、目が大きな男が1人入ってきた。少し微笑むと、黙って彼は音楽室のベースを肩から下げて、F、B♭、A♭、D♭という順に弾いていく。彼も演奏に参加したのだ。

アフロの彼がラップのような感じでMCを続け、僕とベースの彼はコードを引き続けているとまた扉が開く。スティックを持った男が入ってきた。楽器隊が完全に集まった。出来すぎだろ、と思いながらも何も語らず、ただお互いに微笑みながら演奏が終わった。それからハイタッチをして、やっと初めてベースとドラムの男と話をした。

それから、僕は毎日アフロの彼とベースの彼と一緒に過ごすようになる。(ドラムの彼はまた別のグループにいたので、つるむことは少なかった)アフロのボーカルの彼はルーウィス。ベースの彼はジョシュ。

毎日のように音楽の話をして、僕らは"kremezin"というバンドを組んだ。kremezin、というのは僕がその時持っていたボールペンに刻印されていた薬の名前。泊まり込みで朝まで曲を作って、CDも作った。高校の生徒の前でライブもやった。多くのレッチリのCDも借りた。友達の誕生会にも遊びに行って、楽器を弾いてコーラを飲んで笑いあったりもした。

そんな3ヶ月はあっという間に過ぎた。最後の学校が終わり、笑って「また会おうぜ」と言って硬い握手を交わし、ホームステイ先の家に帰り、翌朝僕はシドニー空港へと向かう。ピックアップのバスが家まで迎えに来て、最後までなんとか涙をこらえて家族とも別れ、バスに乗り込む。僕の他に9人が函館市から留学生としてオーストラリアを訪れていて、僕は10人目として最後にピックアップされた。久しぶりに会う日本人の友人に挨拶する間もなく、席に座って目を閉じた瞬間、一気に僕が過ごしたオーストラリアの思い出が襲ってきた。数えきれない程の笑顔と、笑い声がどんなに振り切ろうとしても離れない。久し振りだね、とバスの中で日本語で言いたいのに言えない。とにかく涙が溢れて溢れて、止まらなかった。苦しいくらい、息もまともにできないくらいに僕は泣いた。

やっと落ち着いた、と思った時にはもうバスはシドニーのハーバーブリッジの上だった。約120kmの間、僕は泣いていたのだ。気持ちが落ち着いて、最後にもう一度声が聞きたかったので、残り少ないオーストラリアのコインをめいいっぱい公衆電話にぶち込んで、ルーウィスとジョシュにそれぞれ電話をした。「親友になってくれてありがとう、必ず、帰ってくるから。絶対約束するから」と言って別れを告げて、僕は日本へ帰った。

そして。
オーストラリアまであと3日になった。

3日後、朝10時にクアラルンプールを出発し、夜の8時にシドニーに着陸する。それから列車に乗って駅まで行って、列車を乗り換え、シドニーから僕はBooragulという無人駅に深夜1時頃に到着する。

本当はシドニーに一泊するつもりだったのだけれど、昨日予定を変更して、すぐに僕は無人駅に移動することにした。ジョシュから、FBでメッセージを貰ったから。

「俺とルーウィスで、土曜の夜に待ってるから。その後、俺の家でビール飲みながらフットボールを見よう。ルーウィスも泊まるって!」

なんだか8年ぶりに会う友人って正直なところ緊張する。高校生だった彼らも、今では立派な社会人。どんな人生をあの僕の空港の電話の後から今まで過ごしたのだろう。何が変わって、何が変わっていないんだろう。

けれどそんな心配なんて、簡単にビールが洗い流してくれるんだろう。いやもしかしたら、ビールの栓を開けるよりも前に、その無人駅で再会して、抱きしめ合った時に吹っ飛んでしまうのかもしれない。吹っ飛ぶだろう。

8年間続いた友情と、これからもずーっと続くであろう友情に、5月10日の夜は思いっきり乾杯をすることにする!