バックパックとテクテク。 -11ページ目

バックパックとテクテク。

ずっと憧れていたバックパッカー。2014年3月からマレーシア・クアラルンプールからスタートして、トルコはイスタンブールを目指します。旅のワクワクを届けられますように。バックパックと一緒に、テクテクいろいろ見てきます。

ハジャイで過ごしたソンクラーンも終わり、その一方でオーストラリアへの渡航も一ヶ月を切り、どう動こうかと悩んでいた。けれどキャセイで一緒にお酒を飲んだスペイン人から「日本なら近いし、(タケは)若いんだし、いつでも来れるんだからとりあえずくるっと周ってきたら?」と言われた一言で、確かにそうだなと思い20日間程でハジャイを出発してカンボジア、ベトナム、ラオスをサクッと周ることに。結局4月17日の朝9時にハジャイを出発して、4月18日の昼2時にカンボジアのアンコールワットの街・シェムリアップに到着いたしました。東南アジア、1ヶ月少し経ってやっとこさ3カ国目です。では日記!

140417 13:50
キャセイに宿泊していた日本人から「いやー、ミニバスでバンコクまでは大変だよ…」と言われていたけれど、今回のミニバスの移動は随分と楽だった。というのも、あまりお客さんが乗ってこなかったので2人分のシートを1人で独占。今、Thug Songという場所で昼ごはんを買って、丁度バンコクまで距離的に3分の1くらい。このままいくと、もしかしたら今日中にバンコクに着くかもしれない…。

140418 10:00
バンコク着はやはりそこまで遅くならなかった。深夜0時頃にバンコク市内の北バスターミナルに到着。安全そうなのでそこで少し仮眠を取ったのち、午前3時半のバンコク発タイ国境のアランヤプラテート行きのバスのチケットを223Bで購入。夜中に出発して、バスの中で朝を迎えて、朝7時半にアランヤプラテートに到着した。

国境では、バンコクからアランヤプラテートへ向かうバスの中で隣同士になったフィリピン人の男性に随分と助けられた。国境ではやはりビザ関連で金儲けをしようとする人が多いようで、今回も僕がバスから降車してふらふらしていると「ビザはこの先では取れないから、2000Bで直ぐに発行してやる」と声を掛けてきたタイ人がいて、話だけ聞くか、と着いていこうとするとフィリピン人の彼は「彼らはぼったくりだし、この先でビザは普通にとりあえず取れると思うから行こう」と教えてもらったし、アランヤプラテートからアンコールワットがあるシェムリアップまで同じバスに乗れば大丈夫、と言って一緒に手配を手伝ってくれた。

カンボジアのビザ取得は、特にカンボジア国外で取得する必要はなく、国境でアライバルビザを取得することができるけれど、バスを降りてすぐの場所で声をかけてくる人は無視。イミグレーション近くの建物1Fにある場所でツーリストビザ(30日)を$20+200B(ビザ価格が恐らく値上がりした?)で取得可能。

国境を超えてとにかく印象的だったのは、建物が無い!土!牛!ボーダーからシェムリアップまではとにかく地平線がずーっと続いていた。赤い土と、時々のんびりと草を食べる牛の様子。けれど僕はなんとなく、こういうのどかな風景の方が落ち着く。

宿はカンボジアは2泊しかしない予定だったのと、セキュリティ上から、やや高めの宿でもいいかな、と思っていたのでエアコン、ホットシャワー、テレビ付き、更に付設のプール使い放題で一泊$15の宿に決定。マレーシアのペナン島振りのホットシャワーで疲れを癒やし、一本50¢のビールを夕食のあと4本買いこんで、宿でゆっくりと明日のアンコールワット見学に向けて休息することに。ふかふかベッドが気持ちいい。たまには贅沢しなきゃね!


バンコクから国境行きのバス。東バスターミナル(エカマイ)まで行かなければいけないかな、と思いましたが北バスターミナル(モーチット・マイ)からも出てました。


いざカンボジアへ!さよならタイ!


移動中。なーんにもありません。


トゥクトゥクで宿のある方向へ。明日は彼にアンコールワットまで連れていって貰います。


フランス統治時代の建物が残っていて、ちょっとヨーロピアン?今はバーやホテルになっています。

今年4月13日はタイの正月・ソンクラーン。この時期にはタイ全土で「水かけ祭り」なるものが開催される。僕はたくさん悩んだ挙句、カンボジア行きを延長して、4月8日に友人たちがいるハジャイに帰って、ソンクラーンを過ごすことにした。移動している中で、タイ人から「バンコクのソンクラーンは外国人向けだからあまり好きじゃない」「ハジャイは期間は短いけれど、夜通し(お祭りを)やるから良いよ」などといった話を聴いたのもハジャイに帰るきっかけになったのかもしれない。

140411
ハジャイにおけるソンクラーンは12日の朝から13日の深夜24:00までが本番らしかったけれど、11日にはもう水かけは始まっていた。僕もスーパーで100Bのアヒルの水鉄砲を買って(アヒル大佐と命名)祭りに参戦。海パンとユニクロのAirismという装備で、街へ繰り出すと、早速子どもたちから射撃の嵐。応戦しようとアヒル大佐で反撃するも、彼らの持つ水鉄砲はおそらく350B程する高級品で、空気を溜めてその圧力で水を放つタイプ。圧倒的な水圧に負けて、撤退する。
アヒル大佐の水が切れたので、道路に並んだドラム缶大の水が入ったバケツから水をもらおうとすると、バケツで頭から一気に水を掛けられる。もうこれで完全にビシャビシャになった。カメラと携帯はジップロックに入れていたので大丈夫だったけれど、財布はそのままだったので、後で確認するとお札は水びたしになっていた。

それから、この日は自分の誕生日だったので、来てね、と言われていた行きつけの「シングル・バー」というバーへずぶ濡れのまま夕方に向かった。誕生日おめでとう!とビールで乾杯して、タイでは誕生日の人が周囲の人にご馳走すると何かの記事で読んだことがあったので、向かいの喫茶店でケーキを人数分買って、いつもありがとう、とご馳走することに。普通に我先に、とケーキを取って食べ始める彼/彼女らの姿を見て(僕が食べたかったチョコレート・ケーキも取られて、少しだけ分けてもらうだけ笑)、変に安心してしまった。旅を初めて丁度1ヶ月、自分の誕生日をタイの友人たちと過ごせていることが、僕はとても嬉しかった。


子どもたちは待ちきれない様子!


ステージの準備も着々と。バンド演奏や、ミスコンなどが行なわれました。
パートナーのアヒル大佐。安価ながら、なかなか健闘いたしました。おつかれさまです!


粉を塗られて、水浸しに。祭りを実感!


140412
いよいよソンクラーン本番。11日の夜にお酒を飲んだお店の前で、12日の朝から道行く人に水をぶっかける、というので昼14時頃からそこへ参加して、昼ビールをキメつつ、店の前を走って行くトゥクトゥクや、バイク、トラックの荷台に水鉄砲を持って撃ってくる人々に水をバケツで掛ける。とにかく、掛ける。友人のピートは高圧洗浄機を導入するという最強装備であった。途中雨が降ってきて、こんなに長期間雨が降らなかったのに、今日に限って雨が振るなんて、もしかしたら街が水びたしになって、雲が発生したんじゃないかと思ってしまう。それだけ、街は水だらけだったのだ。

夕方一度宿に帰って、同じ宿に宿泊していた日本人の学生と、ホテルのベランダから下にいる人々をビールを飲みつつ射撃。時にはバケツの水をドリフのコントの如く上からバシャっと掛ける。そんなことをしていると遠くからパレードがやって来て、のんびりと見物。それから地上戦に繰り出すと、昨日以上に街はヒートアップしていて、人がごった返していた。ソンクラーンでは、水を掛けるのはもちろん、実はベビーパウダーを水で溶いて、人の顔に塗りあう風習もあって、僕も何人もの人に顔にベビーパウダーを塗ってもらった。時にメンソールが入っていたものもあって、これは随分と目に入ると痛い。

再度シングルバーに行って飲み直すも、日中からビールを飲んでいたのと、かれこれ10時間程水に濡れていたせいで、随分と体力が消耗していることに気付いた。あまりに寒く、頭も痛い。このままだと絶対に風邪を引きそうだったので、宿に1時に帰って、ヒートテックを着込んで、ファンを止めて、ブランケットに包まってゆっくりと寝ることにした。



高圧洗浄機は圧倒的でした。これはズルい!


マレーシア人が攻めてきた!


こんな感じで荷台に乗って攻めてきます。


水の供給場所。供給しにいくと、とにかくバケツで水を掛けられます。

140413
なんとか風邪を引かずにもちこたえて迎えたソンクラーン最終日は、デパート前に設置されていたステージが片付けられていて、代わりに水鉄砲軍団を載せたトラックが往来できるようになっていた。

最終日も祭りを満喫しようと、とりあえず祭りの屋台といえば焼きそば!ということで昼食に焼きそばを20Bで購入して、ビールと共にやっつける。

日本のテレビのイッてQで宮川大輔がやっていたプールの上にポールを設置して、その上でボクシングをする場所がハジャイにもあったので、それに参加することに。相手が女性だったので、試合前はガチでやっちゃいけないなーと思っていたけれど、実際ポールに跨ってみるとパンチを繰り出す、繰り出さないの前にバランスを取るのが非常に難しい。フラフラとバランスを取っているうちにポコっ、と一発パンチをくらってすぐに落下。3ラウンドあって、結局試合結果は1-2で敗北。けれどI LOVE THAILAAAAAND!!!と叫んでみたりなんかして、いい思い出になった!

日が暮れて、人の数も少し落ち着き、夜の10時には花火が上がった。祭りが終わるな、と思うとなんだかちょっぴり寂しい気持ちになりつつ、こんなに大人も子どものようにはしゃいで、ベビーパウダーをお互いの頬に塗りあって、「Happy New Year」といい合うハジャイのソンクラーン。とてもローカルだったし、とても賑わっていたし。迷いのない笑顔で溢れていた3日間を振り返りながらビールを飲んで、この国は本当に幸せに満ち溢れていることを改めて実感。また僕は、タイを好きになってしまった。ありがとう、ソンクラーン。素敵な1年になりますように!

もうね、バランスを取れないです。とにかく。


最後の盛り上がり!もう夜になると濡れてもなんとも思わなくなります。


こちらは氷でキリッと締めた水を追加する様子。これはさすがに冷たい。手前の大きなバケツに放り込まれる人もちらほら…いやはや恐ろしい。





140406 17:25
今日は昼11:30頃から行動開始。昨日場所だけチェックしてきたワット・ポーにとりあえず行くために朝食をカオサン通り近くで食べることに。カオマンガイ(鶏肉を茹でて、その茹で汁で米を炊いた料理で、お米と蒸鶏を一緒に食べる)を食べることに。どうも最近は朝はダラダラ過ごすのでお昼になると空腹がピークに。少し足りない…と思っていたら男性二人が席を探していたので「よければご一緒にどうですか」と声を掛けて3人で着席。

すると1人の男性が手提げ袋の中から買って来たフライド・チキンを出してきて僕に分けてくれた。それからもち米もたっぷりと分けてくれて、すっかり満腹に。後から着席した二人は随分と前から知り合いらしく、1人はマレーシアのペナン島から、もう1人はバンコク在住の男性で、よく二人で会って食事をしているらしい。最後にはマレーシア人の男性が僕の分も一緒に払ってくれて、「本当にいいの?」と聴くと「日本人も同じ仏教徒なんでしょ?」と笑顔で答えてくれる。なんだか申し訳なく思いながらもご馳走になって、そこの屋台の別のテーブルで食事をしていた日本人の女性と一緒にその後話す機会があって、一緒お寺巡りをすることに。

1788年に建てられたワット・ポーは全長49m、高さ12mの大きさで横たわる寝釈迦像で有名で、ハジャイのワット・ハジャイよりも大きく圧倒的な仏像に圧巻。また、仏像はもちろんのこと、寺の中の装飾が本当に美しかった。その後3バーツでチャオプラヤ川をボートで渡り、ワット・アルンへ。ワット・ポーとは対照的に綺羅びやかではない、落ち着いた印象。その中でも割れた陶器が仏塔の表面に埋め込まれていたのが印象的。傾斜が急な階段(本当に転がり落ちそうで怖かった)を登り切って79mの高さから見たチャオプラヤ川越しのバンコクの風景は美しく、なんだかとても穏やかな気持ちになったものだった。

コパンガンとカオサン通りに溢れる欧米人になんだか少し疲れていた僕は、久々に日本人との会話を楽しんだ。

ところで、ソンクラーンの時期まであと1週間となった。ついでに自分の誕生日まであと5日…。どう過ごすか、バンコクに来てからも考えていたんだけれど、どうもハジャイの人々の表情が目に浮かんでくる。今までバンコクに来る途中でソンクラーンの話をタイ人に振ると、バンコクのソンクラーンは観光客向けに一部ではなってしまっている、ということと、ハジャイは一晩だけだけれど、夜中ぶっ通しでやるからなかなか良い、という噂を何度か耳にした。確かに戻るのにお金も掛かるけれど、戻ってソンクラーンを彼らと過ごす、というのも一つの選択肢。ソンクラーンなんて無視して、カンボジアに行ってしまってもいいのだけれど、それでいいのだろうか。カンボジア、ベトナム、ラオスを回りたいという気持ちと、年に一度のタイの特別な日を、特別な友人たちと過ごすこと。どちらが正しいか、随分と悩んでいる。


ワット・ポーの中の仏塔。綺麗な色です。


寝釈迦像はとても全身を写真に収めることができないくらい、大きい!


ワット・アルンの急な階段を登るところ。みんな「ひぇ~…」っていいながら登っていました。


ワット・アルんの上からバンコクを望む。忙しいはずのバンコクも、この時は穏やかな時間が流れていたように感じます。


ランチを一緒にしたマレーシア人とタイ人のお二人と。ごちそうさまでした!