一生懸命は私の好きな言葉である。もともとは一所懸命という言葉から変化して、自分の命をかけて何かを達成するためにひたむきに努力する意味となった。


その大切さを誰も否定することなないだろう。しかしここに大きな落とし穴がある。


「私は一生懸命努力をしているのだ」と思い込むことは、「プロセスが大切、結果は出ていないけれども今頑張っていることこそが価値のあることなのだ。」と考えることにつながる。


頑張っていさえすればよいのだ。誰からも文句を言われる筋合いはないということである。


しかしそれは「働き」ではなく、単なる「動き」をしていることに自己満足をして自分の行動を正当化しているに過ぎない。


ビジネスにおいては行動の価値は他人が決める。世間様が決めるのだ。上司、部下、他部署、お客さま、仕入先、協力工場あるいは競合他社も含め、社会がどのように評価するかで決まる。


一生懸命頑張るのはどのように行動すれば社会から認められるかを考えることと同一であると考える。


世間様のことを考えないのは自己満足であり一生懸命というレベルになっていない。


忙しすぎてゆとりがなくなるとついつい目の前の仕事をこなすだけで精いっぱいとなりがちであるが常に世間様のお役に立っているのか、そのために全力投球をしているのかを振返ろう。