「原発報道」のコラムでも書いたが、「3.11」以来、既存メディアは果たして真実を伝えているのかが問われている。東京電力や政府の言っていることをそのまま報じているだけでよいのかということが多くの人が感じている。

もちろん何人の人間がそのように思っているか調べたわけではないが、直接、間接に聞く範囲ではそうであると確信している。

我々日本人は昔から村社会に暮らしてきた。地域という村、会社という村、日本という村などである。村の中に醸し出される雰囲気や規範に逆らうことなく、言い換えれば自分の考えをもつことなく流されてきたといってもよいかも知れない。

そこにはいわゆるクリティカルな思考法とういものは存在しない。

しかし3.11はこれを変える可能性があるのではないかと感じている。今まで隠蔽されていた多くのことが明らかになってきて、既成概念にとらわれることなく、物事を多面的に見ることの大切さがわかってきたように思える。

私はクリティカル・シンキングの専門家ではないが、上記のような思考の仕方を日本人がとるようになることはグローバル時代に生き残るためにたいへんよいことではないかと思う。

3.11そしてその後の出来事はたいへん悲しいことだが、皮肉にもそれらは日本人が成長するキッカケとなっている面もあるのではないか。