ここ数年、よく『発達障害』という言葉を耳にするのと同時に

子供が発達障害と診断されたという話を聞くことが多くなりましたね。
  
  

あまりによく聞くのと、

今の世の中はちょっと違うことをすると、障害なんじゃないかとか

簡単に言われてしまう感があるので、
  

もしかしたら

何でもない普通の子が、ちょっとみんなに合わせられないだけで
発達障害呼ばわりされて、特別学級に入れられてしまうケースがあるんじゃないか

って思っていました。



昔は発達障害の原因として

『親の愛情不足』といわれたりしていたらしいのですが、

科学的見解からも遺伝と環境に因るものが多いということです。
  

環境というのは
親の年齢、出産時の合併症、妊娠時の食事、汚染からの影響など

が考えられるとのこと。
  
   
30代以降の妊娠出産においてダウン症のリスクが高まることもそうですが、


現代のストレス社会においては
妊婦さんにかかるストレスも昔に比べれば増えていることも1つなのかもしれませんね。
  
  
発達障害や生まれ持った障害については、
原因が確定しないものが多く、母体に原因があるわけでは無いこともあります。
  


とはいえ、自分の遺伝子をもったわが子が
『人と違う』と伝えられた時にショックを受けない母親はいませんよね。。
   
   





発達障害と呼ばれるものにもいくつかありますが、症状の程度にもよりますが、


『マイペース』
『思いやりがない』
『落ち着かない』
『1度に複数のことが出来ない』

など言ってみれば一見、そんな人いるよね?
と思えるのですが、
  
  

程度によっては、上記のことが全て当てはまる子の場合、

学校生活のように

【全体で全く同じ時間内で同じことをしなければいけない】
  
という環境においては、一人ひとりの行動や感情に向き合っていられないというのが現状なのでしょう。
    


   
仮に発達障害があるとするならば、

その子に沿った行動や心理環境に向き合って教育をしていくことが本人にとっても、周りに取っても最適なのかもしれない。
  

  
ただ、『障害』という名前も良くないと思うけど、
  
性格や遺伝が後になって分かっただけで、
元々持って生まれたものが個性的なものであっただけで、

  
なぜ人と違うところにフォーカスして
『他の人たちが出来ることができない人』という見方をして、
後ろめたいと思わなければならないのか。。
  

   
私もまだ若い時に特別養護施設でボランティアをしたり教育実習に行ったりしたことがある。
  
  
今は親になって、

親の観点から思うことは

『自分が死んだらこの子はどうやって生きていけば良いのか』
という所になるのではないだろうか。
   

  
そもそも、人間は1人で生きている訳では無い。
ただみんな1人で生きていると思っているだけ。
  

でも!
  
そもそも、そういった自分とは異なった性格や性質をもった人たちと普通に共存し合う機会が本当に少ないと私は思うんです。
  
  
これは20年前以前からずっと同じこと。
  
  


なぜ特別支援学級、学校と分けるのか?
  
それは先述のように、
子供や教師、ほかの生徒にとっては

それが1番勉強や共同生活が捗るからだろう。
  


   
では分けなかった場合、どうなるか?
  
多数の子供たちが一人もしくは数人の子のペースに合わせて行動することになりますね。
  
  

そうすると

『勉強が進まない』『もっとしっかり勉強させてください』
  
など、親達からクレームがはいることでしょう。
  
  

なぜそんな言葉が出てくるのか。

『うち(の子)には関係ない』
『うちの子さえしっかり勉強できればいい』
  

そんな考え方をする親に育てられる子が、

【自分のあるべきペースを崩す人が『障害』だ】
  
と思わないわけがあるだろうか。
  

  
年に1度24時間テレビで取り沙汰するよりも、
もっと日常的に一般的に、そういった人たちと接する機会があるべきなのだ。
    
   

学校内に特別支援学級があるなら何度も同じ時間を過ごし、
自分とは異なる相手の性格性質を受け入れることも、子供の教育の1つ。
   
   
言ってしまえば勉強なんてものは学校に行かなくとも本人の意思と教材さえあれば出来るものなわけで、


なんのためにわざわざ学校に通って共同生活をするのか?
  
   
それは

大勢の自分の知らない人間がいる社会というものの中で自分を適応できるようにするためではないのでしょうか。
  

  
学校生活という、集団の社会の中だからこそ

家庭では出来ないような経験をぜひたくさんの子供たちに経験させてほしいと思う。
  
  

【人間は皆同じではない。】

  
この事が日常的に脳に刻まれているかないかだけでも、
鬱やいじめ、差別というものが少し変わるような気がしてならない。
  
   
ましてや人間の根本的な部分が学べるのは子供のうちだけなのだから。
  

  
長々となってしまったけれど、
  
【人の気持ちを理解できない】というのも発達障害の1つとしてあることに驚いた。

そして、大人の発達障害というものが存在することも。
  
  
確かな知識を得ることは、本当に大事なことだと思う。


『言わなくても分かってくれる』なんてものは存在しないし、

『障害』という言葉を理由に全てが許されるものではない。
  

だから私達は確かな知識を持って共存していかなければならない。
  
  

学校教育はもっともっと子供の、いやむしろ将来の日本を変えるくらいの可能性を持っているんだ

特に校長先生は大きな目で教育を進めてほしい。
  
  
   
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発達障害について、とてもわかりやすく参考になるサイトでしたので是非皆さんも読まれてみてください(^^)