お芝居のこと partⅡ | 就労継続支援A型事業所 わーくぷらすin大阪

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利用スタッフのFです。ワークショップでのお芝居の話を続けます。

 

一緒に稽古をし、出演した方々のことでもお話ししましょうか。

 

今回、私のようにワークショップ公演の経験者は数名。

劇団に所属されている人も数名。

大学演劇部所属の方は1人。

フリーで俳優をされている方が1人。

まったくの初心者は1人。ただしこの方は舞台俳優を志望されています。

 

劇団や演劇部もそれぞれ演出に特色があって、他所で演じることは自分のスキルアップになるので、積極的にこのようなワークショップに参加される役者さんも多いのです。。

 

今回も、役者として舞台に立っている方の経験値ってやっぱり凄いなというのを実感させられました。

細かく言うと、演劇の学校や演劇部で訓練を積んできた人の技術の高さです。

 

今回のお芝居の登場人物は、演出家さんがそれぞれ相応しい(演出家さんが台本から読み取った人物像を演じることができると思われる)人を割り振ってくれました。

風貌や性別や年齢が違う人が演じれば、当然その人物の印象が全然違ってしまいます。

 

さて、カリキュラムとして演技の訓練をしてきた人とそうでない人とでは顕著な違いがあります。

 

訓練してきた人はパーソナルな癖が目立たないのです。

もちろんひとそれぞれの個性はあります。ここで言う癖とはコントロールされていない動きと言い換えた方がわかりやすいかも?

 

たとえば歩き方ひとつとっても、自分はどちらから脚を出すのか、爪先は上げているのか、靴を地面に擦って歩くのか、腕の振り方はまっすぐか、等々チェックポイントはいくつもあります。

自分にとっての“普通”の歩き方が自分のキャラクターを表していると考えることも出来ます。

 

訓練された人は、自分がどういう動きをし、どんな声の出方をするか知っています。

さらにそれを意図的に表現できます。

逆に訓練を受けていない人は、自分のことを知らない上に表現が不安定なのです。

 

ここである男性が女性らしいふるまいを演じなければならないとします…

 

演技の勉強をしてこなかった場合、極端に誇張された女性らしさから演じなければなりません。

 

しかし学んできた人の「自分の動きを知っている」というのは、つまり動きの要素を分解して理解しているということですし、

さらに演技の訓練の中で蓄えられたデータが豊富なので、

漠然とした「女性」のイメージではなく、年齢や性格や職業による演じ分けが最初からできてしまうのです。

 

その男性のナチュラルな歩き方が女性っぽかったとしたら、そして自分の歩き方が普通だと思い込み修正していなかったら、その人は男っぽいキャラクターを演じる機会を得ることはありません。

ワークショップ参加者が台本を順に読んでいく間に、持っている引き出しをいくつか表現できるだけでも、複数の登場人物の候補になる可能性が高まるのです。

癖が強くても自分にしか演じられない唯一無二のキャラクターがそこにあれば良いのですが、その確率は限りなくゼロに近いと思った方がいいですね。

実際は逆で、何でも演じられる俳優がそのスキルをもって肉付けし作り上げたキャラクターが他の俳優には演じられないものと評価されるのです。

個性派俳優なんて言いますが、それはそんな風にしか演じられないのではなく、自分を知った上で演出家が求めたように演じているんじゃないかと思います。

 

「画一的なプログラムは生徒の個性を殺す」と教育の場面で言われがちですが、実は自分の可能性を広げているんです。

「それしかできない」から「それもできる」への脱皮です。

 

また稽古の中で、舞台経験者は同じセリフでも幾通りもの表現を見せてくれます。

その変化に応じるために、こちらも演技を変えなければなりません。

そんな変化のひとつひとつが自分の中に蓄えられて、表現力が知らず知らずのうちに上がっていくのです。

その繰り返しが参加者全員のスキルアップとなって公演に結実するんです。

 

舞台をやったらやめられないとよく聞きますが、脚光を浴びるからだけではなくて、

舞台に立つ前と後では自分が変わっている実感があるから夢中になってしまうんじゃないかと思うんです。