利用スタッフのFです。
たとえば、鉄道オタクの一ジャンルである「撮り鉄(その分野の人も含んだ俗称)」が列車の写真を撮りたいがために乗降客の動線上にカメラをスタンバイさせていて、通行の妨げになった人とトラブルになった話を時おり耳にします。
実際に和歌山の駅でカメラの前にいる人に向かって移動するよう怒鳴っている撮り鉄を見かけたことがあります。
確かにいつトラブルが起こっても不思議じゃない。
とあるイベントで、バカでかいレンズをつけたカメラを提げた人が、目当てが出ていない時は突っ立って他の見物客の邪魔になっていることもありました。
この時はさすがに「座ってくれませんか?」と言ったけどね。
言ったから動いてくれたのですが、先のような撮り鉄もツイッター上で非難されて「言ってくれれば場所を開けるのに」と弁明していたのを見たこともあります。
トラブルの原因を作っている方が迷惑を被っている方にさらに負担を強いるってね。
言われる前に気付けよ。
トラブルの種を撒いていることに気付けないような視野の狭い人が「声を掛けてくれ」って、声掛けにどれだけのチャレンジ精神が必要か理解してない(´・ω・`)
声をかけてくれれば…なんてのは、声をかけてくれるまで動きませんと宣言しているのと同じ意味です。
彼らなりの常識ラインをアピールしたいのでしょうが、あくまで彼らのルールで、他人がそれに合わせる所以なんて欠片もありません。
さて、まあ極端な例を出してみたのですが、これに近からず遠からずといったことが身近にあります。
「優先座席」をめぐる心理戦の話。
優先座席には座らないと自分にルールを課している方はけっこうおられるんじゃないでしょうか?
そこは必要とする人のサンクチュアリ(聖域)で自分には近づく資格がないと思っている人もいれば、
席を譲りたいけど、声を掛ける勇気がない、断られたらどうしようと戦う前からプレッシャーに押しつぶされた人もいるでしょう。
後者は「声をかけてくれたら」譲るのにと内心思っていることでしょう…実際に譲ると思います。
こちらが声をかけにくいように相手も同じくらいにはかけにくいと思うんです。
団塊の世代の強心臓なんて誰もが持てるもんじゃありません。
僕自身は譲る方ですね。
下垂体腺腫という脳腫瘍の後遺症で種々のホルモン分泌が滞っていて、補充療法で理論上は健康なはずなんですが、分泌の谷間にはまったとしか言えない状況と不眠症とあいまって、身体がどうしようもなく動かしづらい時期が突然やってくるのです。それは慎重に過ごしていようが活発に動いていようが関係なくやってくるので、つらい時期は過ぎ去るのをひたすら待ち、動けるときはやれるだけやってしまえという生活パターンを繰り返しています。
つまり席を譲ってほしい時期と譲る時期があるから、心理的ハードルがけっこう低いんだと思います。
ま、病気になる前から気軽に譲ってた方だけど。
しかし妊婦さんとポ〇チャリな女性との判別は難しい(´・ω・`)
座っているからといって永久に権利が発生したわけじゃなし。
その席は勝ち取ったんじゃなくて、たまたま座っているだけと自分を軽く見た方がいい。
あと、空席の真ん前に立っている人っているよね。
訳わからん。
必要としている人の目につきにくいし、座るにも邪魔だし。
基本、優先座席でも空いてれば座ればいい。
通路にひとり分の余裕が生まれて、吊革につかまることができる人がいるかもしれないからね。
声をかけてくれればと、自分に甘く他人に厳しいことを言うくらいなら、乗降口が開くたびに誰が乗ってくるか見る習慣は身に着けた方がいい。
人が自分よりつらいかどうかは歩き方でわかるでしょ。
つらいのは年齢と関係ないから高齢者に一律に声をかけることまでしなくていい。
自分がつらかったら、声をかけてきた相手が高齢者でも「この席が必要です」と断ればいい。
しかたがないさ。