先週の金曜と、今日。
更衣室に置いておいたひつじの携帯が机から落下しているのです。
ども、ひつじです。
明確にひつじに対して悪意があるのかないのかが判然とせずにモヤっとしております。
ひつじの携帯だと知ってて、落としたれ、と思って陰でこそこそやってるのであればそれはそれでモヤリとしますし、全然知らずに誤って落下させてしまったのだとしても、元あった状態に戻さないか?普通?ということでモヤリとします。
でも前々から女子トイレの使い方とかでも・・・・?(´ω`)?・・・・という跡が結構残ってたりしてて、それもあいまって、自分が良ければあとはほんとどうでもいいという人が少なくともひとりはいるんだなぁと思うとせつない。
で、故意にしろそうじゃないにしろ、携帯落下という実害がある以上、あの人かも、あの人かも、と疑ってしまう自分の心が嫌だ。
ので、もう明日から更衣室に携帯は置かないようにしようと思いました。
ネガティブな気持ちは、ひつじには非常にストレスなので。
はぁ、疲れる(´;ω;`)ブワッ
愛に関するエトセトラがいまだうまくいかない件について。
“全てを愛したい”とは、どういうことでしょうね。
“愛”がどういうものか、ということは、なんとなく理解しているつもりであります。
ここ最近、手を替え品を替えみせられてきたのもあるが(笑)
大前提として三次元的、人間関係的“愛”は“リスペクト”と切っても切れないものだと思う。
純粋に“この人、すげぇ!!!”と思う気持ち。
ひつじが“愛する”ということをアクションする際、大体、“その人の唯一無二性”を挙げ、“それがすげぇと思うんです”、“だから好きです”ということを伝えることに終始します。
自分のこととか二の次。
“素敵なあなた”、“だから好き”。
とてもシンプル。
けど、最近、なんていうか、人によってはそれにエゴとか自我が絡む人がいるなぁ、と思う。
それがいいとか、悪いとかではないのですが、それって結局自己愛?とか思ってしまうのです。
それが過ぎると、人の携帯落としてもなんも思わないような人になるのでは、と。
結局まだまだ、ひつじの中で“愛”は理由のいるもの、なのだなぁ、と思うとしょんぼりしました。
愛してくれないと愛せないなんてところがまだあるんだのう。
でも、仮に、ひつじのこと嫌いで陰でこそこそ携帯落としたれ!とか思ってる人がいたとして、もちろん“すべて”にはその人も含まれるわけで、愛せるかと言われたら、
愛せるかあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
です(´;ω;`)ブワッ
まだまだだ。
うん、まだまだだ。
少女革命ウテナというアニメが大好きです。
主人公の天上ウテナって少女が、王子様を目指すおはなし。
ひつじも、王子様になりたいのです。
強く、気高い、王子様に。
どうしたらなれるのかなぁ、なんてことを真剣に考えるジャストサーティww
今日の話はなんも面白くないなぁ(笑)