戦争を考える その五 | 林泉居

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戦争を考える その五

前回寡頭制について少し触れました。いずれの体制にあってもヒエラルキーな階層秩序にあって政治の意思決定を行うものはごく一部の人間に限られているということです。そうした中にあって、寡頭制の怖いところは、人は判断を誤ることがあると言うことです。いかに優秀な人間であっても過ちを犯すものです。もし優秀な人間は判断を誤らないとすれば戦争の惨禍が絶えず続くと言うことがあるでしょうか。人間は全知全能ではないのです。

 

戦後の米国政治あるいは世界政治に多大な影響を与えた戦略家にキッシンジャーとブレジンスキーがいます。
キッシンジャーの名言には、以下のようなものがあります。
“Who controls the food supply controls the people; 
 who controls the energy can control whole continents;
  who controls money can control the world.”
 ※食糧供給をコントロールする者は人々をコントロールする。
 ※エネルギーをコントロールする者は全大陸をコントロールす。
 ※貨幣をコントロールする者は世界をコントロールする。
というものです。現実世界について明晰で鋭い分析を行った結果の名言というものかも知れません。食料、エネルギー、貨幣の3要素は、いずれも現代人が経済社会活動を営む上に必須のものでしょう。これをコントロールすることによって政治を動かそうと言うのがキッシンジャーの考えです。しかし、一つ抜けているものがあるように思います。それは武力です。武力をコントロールするものは、何をコントロールするのか聞いてみたいものです。武力が人間の理性によってうまくコントロールできるものならば戦争というものも少し違っていたかも知れません。

 

キッシンジャーの考えは極めて現実的であり、理想論で政治がうまく機能することはないという立場に立っているのだろうと思います。政治は権力であり権力は支配の上に成り立つという単純明快で極めて強固な現実論だろうと思います。
政治家は、権力に対してかなり敏感です。権力を掌握してはじめて政治が語れると考えているものが殆どですから信ずるものは力だけです。幾ら弁舌巧みに語ったところで口からでまかせです。信ずるに値しません。
ズビグネフ・ブレジンスキー (1928年3月28日 - 2017年5月26日)は、ポーランドの名門貴族の生まれであり、父親は外交官でした。第2次世界大戦時に於けるナチスドイツの暴挙を見てきました。父親が赴任したソ連においてはスターリンの暴政を目撃しています。そうした体験が彼の政治信条に与えた影響は大きいものがあると思います。国際政治の分野に於けるエキスパートですからその世界において培った幅広い見識は、米国民主党政権内においていかんなく発揮されたのではないかと思います。彼もまたキッシンジャーと同様に東アジアの政治勢力とりわけ中国の台頭に刮目していました。ブレジンスキーはスピーチの中にいくつか特筆すべき言葉を残しています。世界政治に於ける人類の意識の変化に注目して印象深い言葉を残しています。

 

「この100年の間に、人類は政治に目覚めています。
嘗ては、100万人をコントロールすることは100万人を殺すことよりも簡単だった。今日では、100万人を殺すことは、100万人をコントロールすることより限りなく容易い。 」
世界の人々が政治に目覚めたために彼らの意識をコントロールすることがますます困難になってきたことに懸念を示したのでした。キッシンジャーもこの点人類がこれまでにない新しい時代に入り込んだと口にしています。

人が増えれば増える程多様性が増すことは避けられない事実です。しかもインターネットの解放により一般大衆のネットワーク網が構築され瞬時に世界中に情報が発信されるようになったのですから当然です。この事は、寡頭支配が一層難しくなった現実を如実に示しています。米国をはじめ欧州諸国中国ロシアほぼ地球上の全ての国々において人類の目覚めが寡頭支配体制を脅かし始めています。

 

有名な故事にダモクレスの剣というのがあります。紀元前4世紀のギリシャ「シラクサ」の王ディオニシュオス2世に因んだ故事です。ある日家臣のダモクレスが王の権力と栄花を羨んで世辞を述べます。これに対して王は、ある日ダモクレスを饗応に招き自らが座る玉座にダモクレスを座らせてやるのですが、玉座の上にはか細い一本の糸で吊された剣がありダモクレスの頭上を脅かしていたのです。そこで権力と栄光を掴んだものの運命が常に生命の危険に晒されていることを教えたという故事です。現代社会のオリガルヒ達はダモクレスの剣の下に座らされた自分たちを意識しているかも知れません。
 

1900年当時の世界人口は、17億人でした。現在は、約79億5千万人程です。ブレジンスキーがノスタルジーを感じる世界に戻すには、62億人抹殺しなければなりません。その日が来るでしょうか。
 

米国第35代大統領のジョン・F・ケネディーは、1961年9月25日の国連総会に於ける演説で以下のような言葉を投げかけています。
 

 “Today, every inhabitant of this planet must contemplate the day when this planet may no longer be habitable. Every man, woman and child lives under a nuclear sword of Damocles, hanging by the slenderest of threads, capable of being cut at any moment by accident or miscalculation or by madness.”
 

「今日、この惑星のすべての住民は、この星がそう長く住み続けられなくなる日が来るかも知れないことをよく考えなくてはなりません。 すべての男、女そして子供は、ダモクレスの剣という核の下に住んでおり、それは極く細い糸でぶら下がっており、事故あるいは誤算、あるいはまた狂気によっていつ何時でも切断される可能性があるのです。」
我々自身もまたダモクレスの剣の下で暮らしていることを今日程肌身に感じさせられていることは無かったのではないでしょうか。