実は、私は、古賀孚鵠[コガフコク]と申します。筆名ですが、愛媛県今治市で骨董屋をしています。r林泉居というのがうちの屋号です。看板の写真をアップしていますが、これは、黄檗の3筆と言われた内の一人即非の揮毫によるものです。この扁額を入手した縁で林泉居と名付けたものです。ですから、いわば即非がうちの屋号の名付け親でもあります。
自分のことを語るのはあまり好きではありませんし、また得意でもありませんが、いずれ自分がどこの何兵衛で何者なのかを語らねばならない日が来るだろうとふと思い、それならいっそのこと今ザックバランに述べておいた方がすっきりするだろうと思いついたのです。
表向き(古物営業許可証上)は古美術商ということになっています。しかしながら古美術品以外のものも扱っています。独立開業したのは今から約35年前東京渋谷区代々木でした。そこで10年商売を続けた後神奈川県鎌倉市に移り住みさらに15年ほど商売を続けました。ここ今治市は、私の生まれ故郷です。地元の高校を卒業するまで 18年生まれ過ごしました。その後各地を転々として今日に至ったわけですが、振り返ってみると様々な経験を積みました。中にはいくつか面白いこともありますので思い出の記憶の一齣を記録としてこのブログを借りてぽつぽつと記していくつもりです。
私がこの業界に身を落とすこととなったいきさつは、古本屋でアルバイトを始めたことがそのきっかけでした。
古本屋というのは、外から見ると地味な商売にしか見えないかもしれませんが、奥行きは結構あって実は深いものです。
普段日中はほとんど分刻みで仕事をするというようなことはありませんから客の応対のない時はそこら中にある印刷物を読み漁って㏠を潰します。扱うものも活字となった書籍ばかりとは限りません。江戸時代あるいはそれ以前の肉筆古文書もあればセピア色に褪せた写真もあり、ポスターや版画、絵葉書と古い貨幣もあれば歴史資料となるチラシや古道具など扱うものは千差万別です。それらのものを手にしているうちに表の世界とその陰の世界とのギャップに驚かされやがて段々と深みに引き込まれて行きました。そして気付いたときは自力で無謀にも大海原に漕ぎ出してしまっていたと言うわけです。しかもポンコツの筏に乗ったままです。
私古我孚鵠の名前の由来は,老子第42章に現れる弧寡不穀に因みます。人の悪む(にくむ)ところは唯弧寡不穀にして云々というくだりがありますが、そのもっとも人が嫌がる弧寡不穀が自分の人生を振り返ってみた時に自分の宿命の星ではないかと嘆いたことがありました。ある時、やや居直って皮肉を込めて考えた末弧寡不穀に掛け合わせた古我孚鵠という名を思いつくに至ったのです。孚鵠の孚は,誠と同義です。鳥が腹に卵を抱えて温める姿を現しているという意味もあります。鵠はコウノトリです。つまり、弧寡不穀のコウノトリは、腹の下に卵を抱えて温め新たな命の誕生を待ちわびているコウノトリでもあります。つまり、弧寡不穀ではあっても未だなにがしかの希望を抱きかかえている鸛なのです。
ところで今年2025年は、私にとって回り年で3度目の周り年となり、間もなく72歳のもうそろそろ老境と言ってもよいだろう歳になります。事実、やっぱり歳かなとため息をつく回数も増えているような気がします。
私がこのブログを利用して何をするべきかと考えていることは、これまで書いたことの他にもいくつかあります。
その一つがこの生まれ故郷の今治市についての発信です。もう少し暖かな春が訪れる頃から
ちまちまと書いて 行く心積もりです。
https://www.youtube.com/watch?v=b_yXKCTVQyM
それではまた

