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「Stand Alone」



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「Stand Alone」


あの時目標としていた時期になりました

さぁそろそろ色んなことからひとり立ちしなきゃ


懐かしい写真を見て


それにしても絶妙なタイミングで出てくるよね、こういうのって

ビビアンじゃないけど、タイミング

誰かが作ったStussy



僕がそのブランドのTシャツを見たのはいつのことだろうか。


初めて買ったファッション雑誌に載っていたのを見たときか、財布を二つに分けて(カツアゲされると思っていたからね)僕ら子供だけで三宮の高架下を歩いたときだっただろうか。


めちゃくちゃ興奮した。


なんだかわかんないけど、日本人にはできない、ネイティブにしか書けなさそうな形のstussyというでかでかとした文字。おっさんや子供や黒人やスケーターのフォトT。シャネルロゴとよばれるものやラスタカラー、僕が特に気にいっていたのはドクロのロゴなんだけど、とにかくどのTシャツもかっこよかった。


でかでかとしてて派手なデザインは子供だった僕たちのハートを鷲掴みにした。部活してるくらいじゃ発散されない、次々湧き出てくるエネルギーをその頃の僕らは持て余していて、そんな苛立ちみたいなものをそのデザインが表現してくれている気がした。

そして、大人になんかなりたくないって思いながら、本当は少し大人に憧れている僕らを見透かすように、ステューシーのデザインはスマートだった。


とにかく興奮しきりだったんだけど、値段を見てその興奮は冷めざるをえなかった。だってTシャツ一枚買うのにお気に入りのスナック菓子や野球ボールを何ヶ月も我慢しなきゃならない値段だったし、それはその頃の僕にはできないことだった。子供にだって付き合いがあり、良好な人間関係を築くのにお金がかかるんだよ。


だからステューシーのTシャツを初めて買ったのは自分のお小遣いからではない。母親と一緒に買い物に行ったときに、ひたすら頼み込んだ。いや、だだをこねた。まぁそれまで服のことでそんなにも親にせがんだことはなかったから(おもちゃや漫画はずっとあったけど)、だから少々値の張る服だったけど買ってくれたのかもしれない。サイズは当然のようにXLで、色はホワイトで、僕の好きなドクロとstussyって文字付きのやつで、そして本当に最高だったんだ。そのTシャツをキッカケに服に凝りはじめて、クレジットカードの返済に苦しむようになった今の息子を見ている親はもしかしたらあの時買ってあげたことを後悔しているかもしれないけど。


それからステューシーとはブランド創設者の名前であり、彼はサーファーであることを知った。

「きっと魂をこめて服を作り続けているに違いない。だからステューシーが作る服はこんなにもかっこいいんだ。」

そんなことを思っていたのは子供時代。後にステューシーの創始者であるショーン・ステューシーはある程度の成功を収めたあと、1997年にとっととブランドを売却していたことを知る。そう、初めて買ったあのTシャツはショーンが作ったわけではなく、どっかの誰かが作ったやつなのだ。


でもまぁいいや。僕から俺に変わった今でも、俺にとってのステューシーはどっかの誰かが作ったあのTシャツで、それが俺の始まりであって、そしてやっぱり、何よりも最高なんだ。




BE A GOOD NEIGHBOR 僕の鹿児島案内

BE A GOOD NEIGHBOR ぼくの鹿児島案内/岡本 仁
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昨日は時間がたっぷりあったので、読了しました。


岡本仁さんはリラックスやクウネルの編集を務め、現在はマガジンハウスを退職されてランドスケープに入られたそうです。

知人が「岡本さんほどの人がどんどん精力的に動いて、どんどん新しいことに挑戦しているってすごいことだよね」と話しており、全くそのとおりだと思いました。我々も岡本さんに負けぬように色んなことに挑戦しなければ。


そんな岡本さんが鹿児島を頻繁に訪れるようになって感じた鹿児島の素晴らしいところを、気持ちのよい言葉で紹介してくれています。

鹿児島という地方の端の情報はなかなか私に届いていませんでしたが、これを読んで、鹿児島が中央にはない街の発展を遂げようとしていると感じました。


その地の特性、住民の気質、そして歴史に合わした自分達が考える地域発展。そこには中央から押し付けられたモデル的発展にはない魅力があります。


鹿児島といば、失礼ながら桜島や食に関することしか知識を持っておらず、神戸に比べて発展していないんだろうなぁと思っておりましたが、それは間違いでした。そもそも私が持っていた発展の概念がビルが建っていたり、大型チェーン店が乱立していたりということで、それは無差別受動的発展ともいえるものでした。


鹿児島をただの本島南端の都市と思うなかれ。我々が学ぶことはたくさんある。


この本を読んでそんなことを思いました。

もちろん鹿児島に行ってみたいという気持ちも湧き上がります。