ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小学校や中学校でスタディメイトや適応指導員を
経験したさそり座の母🦂。
小学生の長男👦(小6)、次男👦(小3)が
不登校になり1年が経ちました。
仕事として不登校児童と過ごした経験や、
自分の元々の子育ての考え方など、
さそり座の得意な観察&洞察で綴っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんにちは![]()
さそり座の母です🦂
今日は、私なりに不登校がなぜ起こるのかの
意味を考えてみて腑に落ちた結論を
書いてみようと思います
それはズバリ
大人の価値観を
ぶっ壊すため
です
表現がキツイですが


私たち、親世代って
やっぱり学歴社会の中に育ったので
良い高校へ行って、
良い大学へ行って
良い会社に勤める
ことが立派なことだ
と教えられ、それにならって教育を受けてきました。
それに、学校では
将来、社会に出た際に
周りに迷惑をかけないこと
(空気を読むこと)
目上の人には従うこと
といったことに適応することが重視されたので
いわば、
子供向けの職業訓練所
のような場所であったと思います。
(真面目な日本人らしい文化だし、それが悪いと言いたいのではありません)
当時はそれが正しい価値観で
実際に社会に出たら
良い会社に良い条件で入るには
確かに学歴がとても重要だった時代でした。
今は??
大した学歴がないながらも
人生振り返ると幸せと思えている私が
考察してみます
今の社会って30年前と比べると
確かに違うんですよね
生まれたときからネット環境があり
現実でも仮想世界でもコミュニティが作れる。
パソコン一つでビジネスができ、
決まった場所に通わなくても自宅やカフェで
時間の制約もなく成立する仕事がある。
企業に所属せず個人で起業する人。
YouTuberとして情報発信する人、などが
かなり増えています。
ネット産業が活発な一方で
従来のように企業に務める人
かなりの学歴がありながらも地方で農業をする人、
地元の産業に力を入れる人
時間給でも無理のない働き方を選ぶ人
などなど、
働き方も多様であり、
一度入社したら定年まで同じ会社で働く
とう人がごく少数な気がします。
(※どちらが良いとか悪いとかではなく)
そんな時代に生きている子どもたちからすると、
親世代とさほど変わらない
学歴社会に対応した教育って
サイズの合わない靴を
履かされるような感覚
だと思うんです
みんな足の大きさは違うし、
スニーカーが好きな子もいれば
サンダルが心地良い子もいる。
革靴を履きたい子もいていいだろうし、
気分や天候によって長靴を履いたっていい。
その時に履きたい靴を
自分で選べるほど揃った時代で
同じ靴を支給されて
みんなで同じ道を歩く。
支給された靴がしっくり来る子もいるし、
みんなと同じ道を歩くほうが安心する子もいる。
大人は、
自分も子どもの頃に履いたことのある
みんなとおそろいの靴を履かせることが
一番安心安全なんだと思って
「みんな履いてるんだから履けるよ」
「みんなで同じ道を行くのが安全だよ」
って言っちゃう。
でも、それは
今、履きたい靴じゃないんだよ。
今、通りたい道じゃないんだよ。
ということを
子どもたちは
「履かない」「歩かない」
と示すことで
教えてくれているんだ
と考えたとき、
腑に落ちたんです。
実際に靴を履いて歩くのは子どもですから
少しでも履き心地が良かったり
気分が上がるようなカッコいい靴を履きたい
楽しそうな道を進みたい
素直な気持ちですね
そこに、
みんなと同じデザインは要らないのかもしれない。
集団で歩く必要もないかもしれない。
寄り道したって、みんなと違う道だって
行った先で何と出会うかは
行った人じゃないとわからない。
その道をずーーっといった先に
楽しそうにしている人がうっすら見えたら
そっちに行ってみたいって思うのは
子どもらしい純粋な気持ちですよね
それに、今の子どもたちって
大胆な行動力があったり、
意外な発想があったり
上手にピンチをすり抜けることができちゃう子が
多いと思うのです。
勇気がいるけど、
子どもを信じるってことが大事だし
私もそうありたいと思いました
不登校って、
実はマイナスなことではなく
私たち大人の価値観を破った
その先の可能性を
子ども自身が切り開いていくことを信じるっていう
大きな学びがあることなんですね
子どもが親を成長させてくれてる
ありがたい