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小学校や中学校でスタディメイトや適応指導員を

経験したさそり座の母🦂。

小学生の長男👦(小6)、次男👦(小3)が

不登校になりました。


仕事として不登校児童と過ごした経験や、

自分の元々の子育ての考え方など、

さそり座の得意な観察&洞察で綴っています。

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先日、兄弟たちがフリースクールで

仕上げたプリントなどを渡しに

小学校へ行ったとき

 

現役でスタディメイトをされている方(Iさん)の

退勤時間とちょうど重なり、

玄関先でお互いの近況などを

話すことがありましたニコニコ


数年前に一緒にスタディメイトとして

同じ小学校に在籍していたので

とても話しやすいIさん。


いろんな子がいる中で

それぞれのサポートをしながらも

「みんな頑張ってるんですよおねがい

と嬉しそうに話してくれて

私も嬉しく思いましたニコニコ




そんな楽しい会話の中でも

ちょっとトーンが変わった話題があって。


Iさんがポロッと言った言葉↓



「やっぱり学校って、

教師とは違う”一般人”の存在が

必要なんだなって改めて思います。」




私も同感です真顔


先生方って、

子どもたちの学びと成長のために

物凄く使命感があって

身を削って職務にあたっておられる。


役職の先生ほどこの熱量は高いように思います。

まぁいろんな責任がありますものね。


子ども、保護者、教育委員会、地域…


いろんな対象との関わりの中で

学校を健全に運営しなければ

いけないのですから

本当に頭が下がりますにっこり




でも…


硬いんですよね真顔


お役所気質というか。


規則やルールをしっかり守り

マニュアルや前例に沿って

その中で出来ることを全うする。


正しいんですよ。

正しい。



でも正しすぎて苦しいネガティブ



時間を守らなければならない。

宿題をしなければならない。

忘れ物をしてはならない。

自分の役割は責任を持ってやらなければならない。

みんなと同じ動きをしなくてはならない。

などなど


いろんな  ”have to”  が溢れている。



これって子どもも苦しいし

先生方にとってもこの正しさの中で

子どもを管理するのは苦しいと思うのですよ。



あと、これも先生からよく聞く言葉なのですが


「今、出来るようにならないと

大人になってから苦労するのは

結局は本人なんです。」



という言葉。

これも正しいんです。

子どもたちのことを思って出てくる言葉なのは

重々承知しています。


でも時々この言葉が

冷たく感じることもあるんですよね😅



私は


出来ないこと、苦手なことを

無理に一定レベルに引き上げる訓練をするよりも

周りに協力や助けを求める

術を教えること

のようがより重要ではないかと思うのです。



困ったとき、行き詰まったときに

自分だけで解決するのは難しいので


  ・私は〇〇が苦手なので手伝ってもらえませんか?

  ・〇〇すると気分が悪くなってしまうので

     見学していてもいいですか?

  ・〇〇をすることはどうしても難しいので代わりに            △△してもいいですか?


とか言えるとずいぶん違うと思うんですよ。


自分が不得意なところを

周りに理解してもらうためにも

自分の不得意を理解して受け入れる。


協力が得られれば出来ることも大いにあるだろうし

できないことでも代替案があったり

しなくて済む方法を見つけることができれば

大人になっても周りを頼って

生きていけると思うんですよね。



この思いを別の方にも話したことがあるのですが

その方は


「でもさ、みんながやっていることを

”私、出来ないからやりません”

なんてやっぱり無責任じゃない?

みんなだって本当はやりたくなくても

どこかで妥協して頑張っている

こともあるでしょう?

一人だけ違う動きをすると

周りの子たちにも不公平だし

結局その子が孤立する

ことになるんじゃないの?」



という考えをお持ちでした。


うーん🤔

それも理解できるし、正しいと思う。


多分、

「私、出来ないからやりません」

のニュアンスが違うんですよね。



→”面倒だから”やりません

→”能力的に出来ないから”やりません


の違い。



私がスタディメイトや適応指導員として

関わった子どもたちは

どちらかと言うと後者です。


口では

「面倒くさいから」

という子もいましたが、

よくよく話をしていくと


みんなと同じ動きが出来ないことを

・先生に説明することが面倒くさい

   (どうせ否定される、怒られる)


・気持ちのモヤモヤを

    言葉にするのが面倒くさい

    (自分でもよくわからない、上手く伝えられない)


ということがわかってきます


先生方はつまずいている子どもだけでなく

多数の子どもも同時に進めていかなくては

いけないため、

一人のために時間を割くことが出来ません。

なので足並みを揃えられない子に対して

”もっと頑張って”

”みんなに合わせて”

と檄を飛ばすことになるわけです。


支援が必要な子って

十分頑張っているんですけどね😓

決してふざけたり怠けたりしてるわけでも

ないんですけどね😓💨💨💨




Iさんも子どもたちの

こういった心の声を感じ取っていて、

この気持ちの方を大事にして寄り添うようにしている


と言っていましたニコニコ


でも長く学校にいると、Iさん自身も

先生思考になりかける時がある

ようで、たまに


「あ、いかんいかん。私は一般人だ。」


と我に返るときがあるそうです泣き笑い



わかるーーー泣き笑い



学校にいるからと言って

大人がみんな先生脳になってしまったら

それこそカチカチの箱に詰められた

息苦しい環境を作ってしまうので



”いいじゃん、ゆる~くいこうよよだれ



っていう一般人の空気を入れることが必要。



本当に真顔