こんにちは。 星川です。
今朝、のんびりと植物なんかを眺めながら、
ボーっと愛犬シオンの散歩をしていました。
シオンがクンクン臭いを嗅いでいる間に、
線路沿いにずーっと続いていくコンクリートの道路、
その脇にたくさん張り巡らされた電線、
電車や車の音・・・
そんなものたちを、眺めたり、
音を聴いたりしながら、
「人工的なものだけの環境しか知らなかったら、
何だか心が荒んじゃうだろうな・・・」
そんなことを、ふと思いました。
そして、心に何か淋しさのようなものを感じました。
でも、道路と線路の間に生えている街路樹たち、
足元の小さな花を咲かせた草たちに焦点を合わせてみると、
そんな変な気持はすぐに消えて、不思議と視野が広がり、
視線は雲や空へ、そして宇宙の中に住んでいるんだ、
という大きな視点で自分を感じられ、
不思議と幸せな、心が満たされた感覚になりました。
そんな自分の心の変化を面白く思い、
植物の何に心が反応したのだろう?と、
散歩をしながら、心の中で実験を始めました。
不思議なことに、花や実、植物の一番上、
先端の方に意識を向けると、宇宙を感じ、
心が満たされるのを感じました。
これは、小さな、名前も知らない雑草でも同じで、
10センチくらいの高さしか無くても、
その1センチも無い小さなお花に焦点を当てると、
なぜか宇宙の中に生きている自分を思い出すのです。
自分の背丈ほどの木や、倍以上もある木でも、
花や実などでなく、葉っぱや枝に焦点を当てたのでは、
この感覚は起こりません。
こういった大きな木も、やはり、花や実に焦点を当てると、
自分の視野が広がり、心が満たされるのを感じました。
植物は、根っこが土の妖精ノーム、
幹が水の妖精ウンディーネ、
枝葉は風の妖精シルフ、
そして花や実は、火の妖精サラマンダ―が、
司っていると言われています。
そして、火の妖精サラマンダ―は、
人の直感や意識に考えなどを運んでくれるとも言います。
ひょっとして、サラマンダ―の働きのおかげで、
花や実に焦点を合わせることで、
このような感覚を味わえるのかもしれませんね♪
そんな風に考えると素敵ですね。
このような、何とも言えない感覚、
科学的な説明とかそういうものではなく、
純粋に感じている感覚を大切にした表現として、
昔の人は妖精とか天使とか、そんな風に呼ぶことで、
このような気持ちを上手に表現していたのではないかと思います。
だからこそ、文章や科学的な説明だけでなく、
それだけでは表現できないものを表現するために、
美術や音楽、そして様々な芸術があるのでしょうね♪
ただ、「楽しい」とか「幸せ」とか、
自分だけの感覚を中心とした表現だけでなく、
・植物と関わることで得られる感覚
・宇宙の中に生きていることを自覚することで得られる感覚
・人と人、その環境とつながることで得られる感覚
といったような、より複雑な、
『周りの環境との相互作用の中から生まれる感覚』
を大切にすることで、相手の存在を思いやったり、
より大きな視点で全体を把握したり、
そしてそこから自分の表現を創り出すことで、
より世界へ貢献できる表現をすることもできるのではないか、
なんて思ったのでした。
そんな感覚が、エゴから抜け出す、ということなのかな、
とも思います。
相手に不満を感じたり、自分の行いを後悔する時は、
こういった周りの世界とのつながりを感じられず、
自分だけの世界=エゴに囚われている状態だと思います。
・文句を言わない
・後悔をしない
この2つをみんながやめるだけで、
随分と良い世の中になる気がします(笑)。
そんな時は、周りとのつながりを認識できず、
エゴに囚われた状態になっていますので、
お花を見たり、宇宙の中に生きている自分を思い出したり、
音楽や美しい絵画のような、何とも言えない、
環境と自分がつながった芸術的な感覚を思い出し、
美しく生きることを選んでいただけたらと思います。
そして自分もそのような生き方をしていきたいな、
と、シオン君のお散歩をしながら思ったのでした♪
参考になりましたら幸いです。
心より感謝の気持ちを込めて

今朝、のんびりと植物なんかを眺めながら、
ボーっと愛犬シオンの散歩をしていました。
シオンがクンクン臭いを嗅いでいる間に、
線路沿いにずーっと続いていくコンクリートの道路、
その脇にたくさん張り巡らされた電線、
電車や車の音・・・
そんなものたちを、眺めたり、
音を聴いたりしながら、
「人工的なものだけの環境しか知らなかったら、
何だか心が荒んじゃうだろうな・・・」
そんなことを、ふと思いました。
そして、心に何か淋しさのようなものを感じました。
でも、道路と線路の間に生えている街路樹たち、
足元の小さな花を咲かせた草たちに焦点を合わせてみると、
そんな変な気持はすぐに消えて、不思議と視野が広がり、
視線は雲や空へ、そして宇宙の中に住んでいるんだ、
という大きな視点で自分を感じられ、
不思議と幸せな、心が満たされた感覚になりました。
そんな自分の心の変化を面白く思い、
植物の何に心が反応したのだろう?と、
散歩をしながら、心の中で実験を始めました。
不思議なことに、花や実、植物の一番上、
先端の方に意識を向けると、宇宙を感じ、
心が満たされるのを感じました。
これは、小さな、名前も知らない雑草でも同じで、
10センチくらいの高さしか無くても、
その1センチも無い小さなお花に焦点を当てると、
なぜか宇宙の中に生きている自分を思い出すのです。
自分の背丈ほどの木や、倍以上もある木でも、
花や実などでなく、葉っぱや枝に焦点を当てたのでは、
この感覚は起こりません。
こういった大きな木も、やはり、花や実に焦点を当てると、
自分の視野が広がり、心が満たされるのを感じました。
植物は、根っこが土の妖精ノーム、
幹が水の妖精ウンディーネ、
枝葉は風の妖精シルフ、
そして花や実は、火の妖精サラマンダ―が、
司っていると言われています。
そして、火の妖精サラマンダ―は、
人の直感や意識に考えなどを運んでくれるとも言います。
ひょっとして、サラマンダ―の働きのおかげで、
花や実に焦点を合わせることで、
このような感覚を味わえるのかもしれませんね♪
そんな風に考えると素敵ですね。
このような、何とも言えない感覚、
科学的な説明とかそういうものではなく、
純粋に感じている感覚を大切にした表現として、
昔の人は妖精とか天使とか、そんな風に呼ぶことで、
このような気持ちを上手に表現していたのではないかと思います。
だからこそ、文章や科学的な説明だけでなく、
それだけでは表現できないものを表現するために、
美術や音楽、そして様々な芸術があるのでしょうね♪
ただ、「楽しい」とか「幸せ」とか、
自分だけの感覚を中心とした表現だけでなく、
・植物と関わることで得られる感覚
・宇宙の中に生きていることを自覚することで得られる感覚
・人と人、その環境とつながることで得られる感覚
といったような、より複雑な、
『周りの環境との相互作用の中から生まれる感覚』
を大切にすることで、相手の存在を思いやったり、
より大きな視点で全体を把握したり、
そしてそこから自分の表現を創り出すことで、
より世界へ貢献できる表現をすることもできるのではないか、
なんて思ったのでした。
そんな感覚が、エゴから抜け出す、ということなのかな、
とも思います。
相手に不満を感じたり、自分の行いを後悔する時は、
こういった周りの世界とのつながりを感じられず、
自分だけの世界=エゴに囚われている状態だと思います。
・文句を言わない
・後悔をしない
この2つをみんながやめるだけで、
随分と良い世の中になる気がします(笑)。
そんな時は、周りとのつながりを認識できず、
エゴに囚われた状態になっていますので、
お花を見たり、宇宙の中に生きている自分を思い出したり、
音楽や美しい絵画のような、何とも言えない、
環境と自分がつながった芸術的な感覚を思い出し、
美しく生きることを選んでいただけたらと思います。
そして自分もそのような生き方をしていきたいな、
と、シオン君のお散歩をしながら思ったのでした♪
参考になりましたら幸いです。
心より感謝の気持ちを込めて
