上告の理由

 

1.事件の概要と争点

イ.被告は、原告を相手に特許審判院に「因子Xa(テンエー、以下「Xa」とする)抑制剤としてのラクタム-含有化合物及びその誘導体」という名のこの事件特許発明(特許番号10-0908176「日本特許第4249621号に対応」)の進歩性が否定されると主張しながら登録無効審判を請求した。特許審判院は被告の審判請求を併合して審理した後、2018年2月28日、この事件特許発明は先行発明により進歩性が否定されるとの理由で被告の審判請求を認容するこの事件審決を下した。

 

ロ.原告は、2018年3月14日、被告を相手に特許審判院にこの事件審決の取り消しを求める訴を提起した。

 

ハ.この事件の争点は、この事件特許発明の進歩性が否定されるかの可否である。

 

2.この事件特許発明に適用される進歩性の判断基準

イ.特許発明の進歩性の判断基準

発明の進歩性の有無を判断する際には、先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象となった発明と先行技術との差異、その発明が属する技術分野において通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」とする)の技術水準について証拠などの記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に照らしてみて進歩性判断の対象となった発明が先行技術と差異があるにもかかわらず、そのような差異を克服して先行技術から容易に発明できるかどうかを見てみなければならない(大法院2016.11.25.宣告2014フ2184判決など参照)。特許発明の請求範囲に記載された請求項が複数の構成要素からなっている場合には、各構成要素が有機的に結合した全体としての技術思想が進歩性判断の対象となるものであり、各構成要素が独立して進歩性判断の対象となるのではないので、その特許発明の進歩性を判断する際には、請求項に記載された複数の構成を分解した後、それぞれ分解された個々の構成要素が公知のものであるかの可否のみを判断してはならず、特有の課題の解決原理に基づいて有機的に結合された全体としての構成の困難性を判断すべきであり、この際、結合された全体構成としての発明が有する特有の効果も併せて考慮しなければならない(大法院2007.9.6.宣告2005フ3284判決など参照)。

 

ロ.特許発明の上位概念が公知された場合

前記のような進歩性の判断基準は、先行または公知の発明に上位概念が記載されており、前記上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部または一部とする特許発明の進歩性を判断する際にも同様に適用されなければならない。

先行発明に特許発明の上位概念が公知されている場合にも、構成の困難性が認められれば進歩性が否定されない。先行発明に発明をなす構成要素の一部を2つ以上の置換基で1つ以上選択できるように記載するいわゆるマーカッシュ(Markush)形式で記載された化学式と、その置換基の範囲内に理論上含まれるだけであり具体的に開示されていない化合物を請求範囲とする特許発明の場合にも、進歩性判断のために構成の困難性を考慮してみなければならない。前記のような特許発明の構成の困難性を判断する際には、先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含められる化合物の数、通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化合物の中から特定の化合物や特定の置換基を優先的にまたは容易に選択する事情や動機または暗示の有無、先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性などを総合的に考慮しなければならない(大法院2009.10.15.宣告2008フ736、743判決などは、「いわゆる選択発明の進歩性が否定されないためには、選択発明に含まれる下位概念すべてが先行発明が有する効果と質的に異なる効果を有しているか、質的な差異がないとしても量的に著しい差異があるべきであり、この際選択発明の発明の詳細な説明には先行発明に比べて前記のような効果があることを明確に記載しなければならない」と判示した。これは、構成の困難性が認められ難い事案において効果の顕著性があるのなら進歩性が否定されないという趣旨であるので、先行発明に特許発明の上位概念が公知されているとの理由だけで構成の困難性を考慮もせずに効果の顕著性の有無だけで進歩性を判断してはならない)。

特許発明の進歩性を判断する際には、その発明が有する特有の効果も共に考慮しなければならない。先行発明に理論的に含まれる数多くの化合物のうち、特定の化合物を選択する動機や暗示などが先行発明に開示されていない場合にも、それが何ら技術的意義のない任意の選択に過ぎない場合であれば、そのような選択に困難があるとはみられないが、発明の効果は選択の動機がないため構成が困難な場合であるのか、任意の選択に過ぎない場合であるのかを区別できる重要な標識になり得るからである。また、化学、医薬などの技術分野に属する発明は構成のみでの効果の予測が容易ではないため、先行発明から特許発明の構成要素が容易に導出できるかを判断する際に発明の効果を参酌する必要があり、発明の効果が先行発明に比べて顕著であれば、構成の困難性を推論する有力な資料となり得る。さらに、構成の困難性可否の判断が不明確な場合であっても、特許発明が先行発明に比べて異質的であるか量的に顕著な効果を有しているのであれば進歩性が否定されない。効果の顕著性は特許発明の明細書に記載され、通常の技術者が認識したり推論できる効果を中心に判断しなければならず(大法院2002.8.23.宣告2000フ3234判決など参照)、もしその効果が疑わしい場合には、その記載内容の範囲を超えない限度で出願日以降に追加の実験資料を提出するなどの方法でその効果を具体的に主張・証明することが許される(大法院2003.4.25.宣告2001フ2740判決)参照)。

 

3.原審の判断

原審は次のように判断した。

この事件特許発明は、先行発明に記載された上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素とする選択発明に該当する。選択発明の場合、先行発明において特許発明を排除する否定的教示または示唆がある場合であるか、特許出願当時の技術水準に照らしてみて上位概念の先行発明を把握することができる先行文献に先行発明の上位概念として一般化して当該特許発明の下位概念にまで拡張できる内容が開示されていない場合などの例外的な場合を除いて、明細書に記載されている効果を中心に厳格な特許要件を適用して進歩性を判断しなければならない。この事件は前記のような例外的な場合に該当しないため、厳格な特許要件が適用されなければならないが、この事件特許発明が先行発明に比べて異質的効果や量的に顕著な効果を有しているという点が明細書に記載されていないため、この事件特許発明がそのような効果を有しているとみなし難い。したがって、この事件特許発明は進歩性が否定される。

 

4.この事件特許発明の進歩性の判断基準に関する法理誤解可否(上告理由第1点)

前記にて見た法理と記録に鑑みて見てみる。

 

イ.原審判決に記載の先行発明は、因子Xa抑制剤として有用な新たな窒素含有ヘテロビサイクリック化合物などを提供することを目的としており、これを達成するために66個の 窒素含有ヘテロビサイクリック構造を母核として有する化合物群が因子Xaの抑制剤として有用であることを見出したことに発明の特徴がある。

 

ロ.先行発明は、66個の母核構造から選択される化合物及び各母核構造に適用できる置換基の種類と選択可能な原子などを多様に列挙している。ここに提示された化学式は、母核構造

の選択と各置換基の組み合わせにより理論上数億を超える化合物を含むことになる。

 

ハ.一方、この事件特許発明は、因子Xa抑制剤として有用な新しいラクタム含有化合物及びその誘導体などを提供するためのものであって、ラクタム環( )を有する化合物が因子Xa抑制剤として有用であり、かつ優れた薬動学的性質を有することを見出した点に発明の特徴がある。この事件特許発明の請求の範囲第1項(以下、「この事件第1項発明」とし、他の請求項も同じ方式で記載する)は、ラクタム環を有する化合物のうち、アピキサバン( )及びその製薬上許容される塩に関するものである。

 

ニ.先行発明に一般式で記載された化合物からこの事件第1項発明に至るためには、先行発明にマーカッシュタイプで記載された化合物のうち1段階の実施態様で優先順位なしに列挙された66個の母核のうち第1母核( )を選択した後、再び、前記の母核構造のすべての置換基を特定の方法で同時に選択して組み合わせなければならない。特に、この事件第1項発明の効果を示す核心的な置換基と見られるラクタム環は、第1母核の置換基Aに連結された置換基B部分に位置しなければならないが、先行発明には前記のようなラクタム環が具体的に開示されてもいない。先行発明の「より好ましい実施形態」と記載された34個の母核構造において置換基Bとして可能な数多くの構造のうちラクタム環を優先的に考慮すべき事情もない。

 

ホ.先行発明の「さらにより好ましい実施形態」と記載された計107個の具体的な化合物を見てみても、この事件第1項発明と全体的に類似の構造を有していたり、置換基Bとしてラクタム環を有する化合物を見つけることはできない。

 

ヘ.この事件特許発明の明細書の記載及び出願日以降に提出された実験資料などによれば、この事件第1項発明は公知の因子Xa抑制剤に比べて改善したXa抑制活性及び選択性を有し、血液濃度最高-最低特性を減少させる因子(清浄率と分布容積)と受容体において活性薬物の濃度を増加させる因子(タンパク質結合、分布容積)などを調節して薬物の生体内での吸収、分布、備蓄、代謝、排泄に関する薬動学的効果を改善しており、他の薬品と同時に投与することができる併用投与効果を改善した発明であることが分かる。

 

ト.優れた薬理効果を有する化合物を実験無しに化学構造にのみ基づいて予測することは非常に困難であるため、新規の化合物を開発する通常の技術者は、既に知られている生物学的活性を有する化合物に基づいて構造的に類似の化合物や誘導体を設計し、合成した後、その薬効を評価する過程を経て改善された薬効を有する化合物を探し出すことになり、より優れた薬効を有する化合物を見つけ出すまでこのような作業を繰り返すことになる。ところで、先行発明とこの事件第1項発明とは注目している化合物及びその構造が異なり、この事件第1項発明の構造を優先的にまたは容易に選択する事情や、動機または暗示があると見るのも難しいため、通常の技術者が先行発明から技術的価値のある最適な組合せを見つけ出し、この事件第1項発明に到達するまでは、数多くの選択肢を組合せながら重ねられた試行錯誤を経なければならないものと思われる。

 

チ.前記のような事情を総合してみると、この事件第1項の発明は通常の技術者がその発明の内容を既に知っていることを前提にして事後的に判断しない限り、先行発明からその構成を導出することが容易であると見ることができず、改善された効果もあるので、先行発明によって進歩性が否定されることは難しと思われる。アピクサバンを請求範囲とするこの事件第1項発明の進歩性が否定されないのであれば、「下記化学式1(アピクサバン)で表される化合物」を請求範囲とするこの事件第2項発明も進歩性が否定され難い。

 

リ.にもかかわらず、原審はこれとは違って、前記にて見たような理由から構成の困難性の可否は問わずに先行発明に比べて異質的効果や量的に顕著な効果が認められ難いという理由だけで、この事件特許発明の進歩性が否定されると判断した。このような原審判決には、特許発明の進歩性判断に関する法理を誤解し、必要な審理を尽くさず、判決に影響を及ぼした誤りがある。

 

5.結論

したがって、残りの上告理由についてさらに判断する必要なく原審判決を破棄し、事件を再び審理・判断するように原審法院に差し戻すこととし、関与大法官の一致した意見から注文のように判決する。

 

特許法人元全(WONJON)