この映画を初めて観たのは、80年代に入ってすぐの夏休みと記憶しています。昨年亡くなられたもんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」や松田聖子の「青い珊瑚礁」がめちゃくちゃ流行っていた頃で、ひとり旅に行った長崎で宿代を浮かすために入った名画座のオールナイトで観ております。公開当時、話題になった映画ですから知ってはいましたが、それゆえに踏ん切りがつかず見ないままでいました。そこで初めて見た時の衝撃は強烈で、3泊の予定を2泊に切り上げ、東京に帰って来て近郊の名画座を探し回った思い出の一本です

 

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ディア・ハンター

1978年/アメリカ(183分)

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長い間ハリウッドのタブーと言われたベトナム戦争を真正面から捉えた、マイケル・チミノ監督の衝撃の一作!

 

 

 監督

マイケル・チミノ

 音楽

スタンリー・マイヤーズ

 キャスト

ロバート・デ・ニーロ/マイケル

クリストファー・ウォーケン/ニック

ジョン・サヴェージ/スティーヴン

メリル・ストリープ/リンダ

ジョン・カザール/スタンリー

 

チャック・アスペグレン

ジョージ・ズンザ/ジョン

ルターニャ・アルダ/アンジェラ

ジョン・クリファシ

シャーリー・ストーラー/スティーヴンの母

トム・ベッカー/医師

 

監督は74年イーストウッド主演の「サンダーボルト」で監督デビューし、本作でアカデミー賞の監督賞を受賞したマイケル・チミノ。その他の監督作品に「天国の門」「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」などがあります。主要メンバーは、「ゴッドファーザー2」「タクシードライバー」「レナードの朝」「ミッドナイト・ラン」「アンタッチャブル」など多数の話題作に出演し、20世紀最高の俳優のひとりとも言われているロバート・デ・ニーロ。「アニー・ホール」「ニック・オブ・タイム」「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」などのクリストファー・ウォーケン。「ゴッドファーザー」シリーズ、「狼たちの午後」のジョン・カザール、ちなみに彼は本作が遺作となりました。そのほか「クレイマー、クレイマー」「ソフィーの選択」「黄昏に燃えて」「マディソン郡の橋」「マンマ・ミーア!」「プラダを着た悪魔」などアカデミー賞ノミネート回数記録を持つ演技派女優メリル・ストリープ。「ヘアー」「マリアの恋人」のジョン・サヴェージ。ほかにもジョージ・ズンザ、ルターニャ・アルダなどが出演しています

 

なお、スタンリー役のジョン・カザールは、撮影時にすでに癌を患っており作品の完成をみることなく78年3月に亡くなっています。その時に同棲していたのがこの映画にも出演しているメリル・ストリープで、当時は全くの無名でした

 

▲ロバート・デ・ニーロ/マイケル

▲クリストファー・ウォーケン/ニック

▲メリル・ストリープ/リンダ

▲ジョン・サヴェージ/スティーヴン

 

ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外にある町_

製鉄所で働くマイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)スティーブン(ジョン・サヴェージ)スタン(ジョン・カザール)、アクセル(チャック・アスペグレン)と彼らのたまり場である酒場のオーナーは、休みになればみんなで鹿狩りに行く平凡だが平和な日常をおくっていた。ところが、そんな彼らにも長期化するベトナム戦争の影が目の前まで迫っていた。ある日、徴兵でベトナムに向かうマイケル、ニック、スティーブンの壮行会とスティーブンの結婚式を兼ねて行われ、ニックは突然リンダ(メリル・ストリープ)にプロポーズし彼女は受け入れ、幸せの絶頂だった。しかしその後、戦場のベトナムで3人が見たものは想像以上の過酷さで、それは彼ら3人だけでなく周りの人間の運命も残酷に変えていくのだった・・・

この映画は第51回(1978年)アカデミー賞において、作品賞、監督賞(マイケル・チミノ)、助演男優賞(クリストファー・ウォーケン)など5部門獲得しています

 

 

  ベトナム戦争を描いた最高傑作!

 

ベトナム戦争を題材にした映画は「ランボー」「ソルジャーボーイ」「地獄の7人」など数多くありますが、やはり70年代から80年代にかけて名作が多いです。オリバー・ストーン監督の「プラトーン」、ハル・アシュビー監督の「帰郷」、スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」、フランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」などは一度は見ておくべき作品だと思います。さらに、タイプは違いますがロビン・ウィリアムズの「グッドモーニング・ベトナム」もベトナム戦争を舞台にした印象深い映画です。そんな中にあって本作「ディア・ハンター」はやはりナンバーワンではないでしょうか?なぜなら、それまでハリウッドでタブーと言われていたべトナム戦争を、初めて真正面からとらえた作品だからです。まさにマイケル・チミノ監督の渾身の一作です!

 

物語は、ベトナム戦争の過酷な体験が原因で心身共に深く傷を負った若者たちの生と死と友情を描いています

 

 

  天国と地獄!

 

雨上がりの道を疾走するトレーラー、製鉄所で働く男たち、ギターの優しい調べの中でタイトルバック!この静かな幕開けが、その後の衝撃的な出来事を暗示しているかのようです

 

この映画は約3時間の長丁場です。大雑把に分けると、ありふれた日常を楽しむ若者たちとベトナムへ向かうマイケル、ニックら3人の壮行会と結婚式などを描く前半の60分、ベトナム戦争の中盤の30分、マイケルが戦争から帰って来てからの中盤から終盤90分に分けられます。意外に思うかもしれませんが、ベトナム戦争を題材にはしていますが戦闘シーンはほとんどありません。むしろ戦争に行く前と戦争から帰ってきた部分に重きを置いています。題名にもなっている「ディア・ハンター(鹿狩り)」は前半に一度、後半に一度でわずか10分程度です。ただここに重要な意味がかくされています。ベトナムへ行く前とあとでは「鹿狩り」の意味が全く違います。行く前は自分たちが楽しむゲームの意味合いが強かったのですが、後半は命の尊さを訴えています。牧歌的で、ありふれた青春群像の前半と戦争で大きく人生が変わる後半の対比が見事です!

「鹿を撃つには2発はめめしい。鹿は一発で仕留めるものだ」

そう語っていたマイケルも、戦争から帰ってきてからは別人のようです。帰ってきてからは、生と死、命の重さを語っています

 

冒頭からの1時間と、戦争から帰って来てからの1時間強が対照的に描かれており、戦争の恐怖はもちろんですがそれによってもたらす哀しさを丁寧に描いています。前半のパーティーの場面でみんなが浮かれて騒いでいるところに兵隊が入って来てみんなでからかうのですが、彼のいう「クソったれ!」の言葉に、戦争を知らない若者たちは荒れ狂うばかりです。その兵隊が発した「クソったれ」という言葉が、これから戦争に行く彼らに暗く悲しい影を落としていています。このように、前半の一見なんでもない若者たちの行動や想いをしっかり追っていかないと、後半ただの暗い映画に思えてしまいます。地獄の戦場を体験してしまった帰還兵の苦悩が前半と後半で浮彫にされます

 

映画好きでも知られる高倉健さんが生涯ベストの一本であると以前語っていたのを聞いたことがあります

 

 

 

  衝撃のロシアン・ルーレット!

 

何と言っても、この映画でまず思い出すのが、あの衝撃的なロシアンルーレットのシーンではないでしょうか。ロシアンルーレットとはリボルバー(回転式けん銃)に1発だけ弾を装填しシリンダーを回転させ、銃口を自分の頭に当てて撃つゲームのことです(確率は1/6です)。マイケル・チミノ監督はこのロシアンルーレットを、戦争の狂気の象徴として何度も登場させています

 

あまり語られてはいませんが、劇中にロシアンルーレットの場面は全部で4回出てきます。何と言っても衝撃的なのが一番最初です。それはマイケル、ニック、スティーヴンの3人が捕虜となり敵兵が賭けの対象としてロシアンルーレットを強要されたシーンです

 

泣き叫ぶ声と怒声、そして銃声!敵兵の笑い声、死体を川に落とす音・・再び恐怖の叫び声、そして銃声!

 

このシーンだけでどれだけ悲惨な戦争であったか想像ができます。どんな銃撃シーンや空爆シーンよりリアルで迫力があり胸が張り裂けそうな恐怖があります。同じベトナム戦争を描いた「地獄の黙示録」では、”ワルキューレの騎行”を流しながらゲリラの村に奇襲をかけ、焼けつくすシーンも鳥肌が立つほどでしたが、このロシアンルーレットのシーンは、目をそむけたくなるほどリアルで狂気に満ちたものです。2度目は、ニックが病院から抜け出し偶然一発の銃声を聞き、立ち寄った賭け屋で行われたロシアンルーレットのシーン。3度目はマイケルが帰って来て仲間と再び鹿狩りに行った山小屋でのシーン。そして最後が、マイケルがニックを探しにベトナムへ渡り、別の賭け屋でニックを見つけたシーン。そこでマイケルとニックはロシアンルーレットで対峙し、ニックはマイケルの目の前で銃で果てます。このシーンは最初の捕虜として強要された場面とは対照的です。あの場面は生きるために引き金を引き、この2人のシーンは死ぬために引き金を引いたのだと思います。この4回のロシアンルーレットの全てがこの映画の肝になっています

 

この映画の他でロシアン・ルーレットで思い出すのは「L.Aコンフィデンシャル」「13/ザメッティ」「アリゾナ・ドリーム」「処刑人Ⅱ」などがありますが、この映画ほど狂気に満ちた緊迫感のある映画は他に知りません。それほどロバート・デ・ニーロとクリストファー・ウォーケンの鬼気迫る演技に圧倒されます

 

 

  「愛してる、ニック!」

 

先に説明した4度のロシアンルーレットシーン。インパクトでは最初の敵兵の中で強要されるシーンですが、それと同じくらい強烈だったのが、4度目のシーンで、マイケルとニックの2人が対峙するシーンです。ベトナムから帰って来てスティーヴンを見舞った時に、差出人不明で大金が送られてきていることを知ったマイケルは、ニックが生きていることを確信し、再びベトナムへ渡りニックを見つけます。ただ、そこに居たのはかつてのニックではありませんでした。銃を自分の頭に向けながら交互に引き金を引く二人(賭けの対象になっている)

「ニック、俺が誰だかわからないのか、俺だ、俺だよニック!」

「止めろニック!これがお前の求めてるものなのか?」

「愛している、ニック。なあ、家に帰ろう。もう、家に帰ろう。生まれた町へ」

「俺と、喋ってくれ!何か言え。ニック、ニック。ちょっと待て、ニック」

「あの山を覚えているか?鹿狩りを覚えているか?思い出すだろ?なあ」

「一発か・・・?」

「そうだニック、一発だ!全部思い出したろう?」

「ああ(少し微笑んで自分の頭を撃つ)」

「ニッキー!ニッキー!ダメだ!ダメだ!」

マイケルが危険を顧みずニックを助けに行ったのは、もちろん友人としてということも当然あるでしょう。ただ、ここで思い出すのは、彼らが戦争に行く前にニックがマイケルに「何があっても必ず俺をここに連れて帰ってくれ!」と頼むシーンがあります。「生きて連れて帰ってくれ」ではありません。一緒に行ったニックは、マイケルの強さと自分の弱さを知っていたのでしょうね。そして。必ず約束を守る男だということも。さらに、一番の理由はマイケルがニックを「愛している」ということです。序盤のスティーヴンの結婚式で、踊るニックを見つめていたリンダに近づき「彼を愛しているのか?」と聞いたマイケルが「そうか」と言ってニックを見つめていた時に感じましたが、リンダ同様マイケルもまたニックを愛していたのです。劇中に再三流れる「君の瞳に恋してる」の曲もそう考えると納得できます。この最後の場面で放った「ニック、愛してる!」のひと言は、約束でもあり彼の心の叫びだったのでしょうね。このひと言を聞いて一瞬見せるニックの表情。見ていて辛く悲しいシーンでした

 

 

 

  ディア・ハンターという題名の意味は?

 

この映画はベトナム戦争は舞台に過ぎず、戦争というものが人間を壊していくという普遍的なテーマを描いています

 

戦争から帰還すると今までと全く変わってしまった自分に気づきます。だからこそ、みんなが開いてくれた凱旋の会をすっぽかして、ひとりモーテルに泊まります。その心の変化や人生観の変化も大きな見どころです。戦争に行った者と行っていない者同士の違和感。もう元通りにはならず、戦争がひとりだけでなく周囲に人間までも不幸にしていく様子が哀しいですね。もう何をしても昔(戦争に行く前)には戻れない。そして思い出すのが短い鹿狩りの2度のシーンです。以前はみんなで楽しんでいた鹿狩りも、戦争から帰ってきたマイケルは、目の前に現れた鹿にとどめを刺せず、一瞬鹿と目があって立ち去る鹿につぶやきます

「満足か・・?」

その言葉は、以前は「鹿は一発で仕留めるものだ」と言っていた彼とは別人です。「満足か?」のセリフは、変わってしまった自分自身にかけた言葉なのでしょうけど、戦争によって変えられてしまった自分の人生観を問うていた気がします。この二度の鹿狩りこそが彼らの心情を表現した演出で、これこそが題名の「ディア・ハンター」の所以ではないでしょうか

 

  ニックに乾杯!

 

ニックへの乾杯で終わる印象的なラストが余韻を残します。この映画はマイケル・チミノのねちっこいですがすばらしい演出、そして見事な俳優陣によって出来上がった名作です。ただ、この映画は反戦映画というより青春映画です

 

最後にニックを弔ったあと、なじみの店でみんなが集まり、ジョンが「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌い始める。そして、いつしかみんなが合唱し歌い終わってマイケルとリンダは微笑み合う。マイケルが「ニックに!」とグラスを上げると、それに応えて皆がグラスを掲げ映画は終わります

 

主題歌「CAVATINA」が沁みます。見終わったあとの、この虚脱感こそ戦争というものの残酷さ、狂気を物語っています。数ある戦争映画の中でも、最も印象に残る一本で、かなりの勇気と覚悟を持ってみるべき映画の一本です!

 

是非どうぞ!