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北海道人造石油株式会社滝川工場(のちに日本人造石油株式会社)の廃墟エリアを軽く偵察してきた。
日本は石炭は豊富だが、石油がほとんど出ないため、二次大戦の前にドイツから技術を導入して、石炭を石油にする国家プロジェクトを進めた。1938年(昭和13年)には国策企業として北海道人造石油株式会社が設立され、117ヘクタールもの敷地を持ち、一時は「東洋一の化学工場」とも呼ばれていた。
しかし触媒であるコバルトの不足や、技術の未熟さもあって、現在の貨幣価値で1兆円近くかけ たものの、生産高は1万数千トンから3万トン程度。戦争に負けた後は、民間企業の滝川化学工業として再出発したがコストの関係などから1952年(昭和27年)に倒産した。なお工場跡地の 大部分は陸上自衛隊滝川駐屯地になっている。
こんな時代だからこそ日本のエネルギー政策のためにも、人造石油は時代のあだ花ではなく、現在の最新技術をつぎ込めば、有用に使えるような気もするのだが。北海道人造石油株式会社については、詳細な資料が「滝川市郷土館 」にいろいろあるようなので、そのうち訪れてみたいと思っている。また引込み線も存在したようだ。

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で、このベルトコンベアっぽいものの下に、当時は気づかなかったけど建物が今も残っていた。


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フェンスの向こう側には煙突も。


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鉄製の何かの骨組みも。

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おまけ、大空をものすごい勢いで飛んでいた猛禽類。多分ハヤブサ。放置された工場用地は大自然に返って、営巣地になっているようだった。こういう場所は再開発されずに、そのまま放置され続けてほしいが。

2013年3月27日追記、北海道新聞の記事より

化学遺産に滝川の人造石油資料 学会が認定

 【滝川】戦時中に軍事用燃料として石炭から製造された人造石油の工場があった滝川市が所蔵する関係資料が道内で初めて、日本化学会の化学遺産に認定された。自治体が所有する資料が認定を受けたのも全国で初めて。

 化学遺産の認定は日本が世界に誇る化学技術を広めようと、日本化学会が2010年度に開始。これまで日本初の化学講義録やオゾン発生装置など17件が認定済みだ。12年度は人造石油の関係資料など5件が対象で、認定証が23日に贈られた。

 滝川での人造石油の製造は1938年(昭和13年)から。国策企業の北海道人造石油が現在陸上自衛隊滝川駐屯地などがある117ヘクタールの土地に滝川 工場を建設。一時は「東洋一の化学工場」と呼ばれた。敗戦とともに軍需用の役目を終え、民間企業の滝川化学工業として再出発したが、52年に倒産した。

 人造石油に関する資料は軍事機密として終戦時に焼却処分されるなどしてほとんど残されていないが、滝川では戦後も工場が存続したことやOBが資料を市教委に寄託したことで、多くの関係資料が市郷土館に保管されることになったという。

 23日は滋賀県の立命館大学びわこ・くさつキャンパスで化学遺産の認定証贈呈式が行われ、小田真人教育長が同会の玉尾皓平会長から認定証を受け取った。 小田教育長は「歴史を懐かしむだけではなく、認定されたことで市民がエネルギーを考えるきっかけになれば」と話している。市教委では認定を記念して人造石 油ロビー展を4月2日から29日まで美術自然史館で開き、瓶入りの人造石油などを展示する。