以前、鹿児島県にある知覧特攻平和会館に行った。
過去に神風特攻隊の基地があった場所。
そこには、戦闘機をはじめ軍服や小銃など、戦争に関わる多くのものが展示されている。
その中には、特攻隊員の出撃直前の家族や恋人に贈った手紙が数多くある。
特攻隊員の方々は、時代的には自分達の先輩に当たるが、年齢的には17〜32歳、平均年齢21.6歳だったそう。
手紙を一つ一つ読んでいった。
一つの手紙の前で動けなくなった。
特攻隊員の方が6歳の時に家に来てくれた継母にあてた手紙。
原文とは違うが、確か下記のような内容。
「私が、6歳の時に来てくれたあなたは、私を本当の子供のように大切に育ててくれました。ただ、勇気のない私は、あなたを一度もお母さんと呼ぶことはできませんでした。さぞ、寂しかったことでしょう。
今こそ呼ばせていただきます。
お母さん、お母さん、お母さん」
きっと、特攻隊員の多くの方は、「生きたい場所や、やりたい事がたくさんあったけど、今回は、戦争という時代に生まれてしまったので、お国のため、家族のため、特攻隊として散っていくけれど、もし、また、いのちが与えられることがあったなら、生まれ変われることがあったなら、大好きなあの子に大好きだよと伝え、行きたい場所に行き、やりたい事を目一杯やろう」って思ったんじゃないかな?
肉体が滅んだ後も魂は永遠と知っていたからこそ
「靖国で会おう」が合言葉だったんじゃないかな?
と思ったら、ある考えが降ってきた。
もし、この手紙を書いたのが、自分だったとしたならば、、、
自分の本心に従って生きているだろうか?
本当はやりたい事があるのに、他人の目を気にして、自分の本心よりも他人にどう見られるかを気にして自分の本心を押し◯してないだろうか?
失敗や恥をかく事を怖がって、自分の本心を心の奥深くに閉じ込めていないだろうか?
自分の願いを叶えてあげられるのは自分自身でしかない。