骨活・妊活・脳活・温活!産前産後・更年期・すべての女性にセルフボディメンテナンス&セラピーを提供する助産師 白木和恵公式ブログ

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名古屋のボディケアスタジオ『Women'sFits』ウィメンズフィッツ代表の白木和恵公式ブログです!『ボディウェルネス&ビューティフルエイジング』健康でしなやかに動く美しい体で歳を重ねることをコンセプトに、貴女にピッタリのボディケア伝道師として活動中です!


6/14日曜、東京 自由が丘へ。
マタニティビクス創始者、産婦人科医/麻酔医  田中康弘先生の田中ウィメンズクリニックへ。

クリニック5階に、日本マタニティフィットネス協会のフラッグシップスタジオ、ハイハットスタジオがあります。



初めてここに来たのは平成2年。
マタニティビクスの資格試験を受けに来た時。
あれから30年。早いものです 笑


久しぶりに開催された、マタニティフィットネス講義講習会。長年、産科学の講師を担当してきました。
私と同じ助産師に、
・機能解剖から見た妊婦のからだの変化と見方
・フィットネス・ボディワーク・リハビリテーションの違いと、マタニティフィットネスにはすべて必要な概念/要素だということ
・適度な運動の様々なメリット
・運動提供・ボディケア提供の楽しさ・奥の深さ
を伝えることで、たくさんの妊婦さんが安全に楽しく運動できる環境が整うと考えていたから。




この夏、田中ウィメンズクリニック閉院に伴い、ハイハットスタジオがなくなると知った今年1月。
運営スタッフは総変わり!
今までの協会の経緯を知る人が誰もいない中で、訳もわからずやっているわけで…
電話で何回かスタッフと話し、正念場でもあり、チャンスでもあると伝えてきました。


他の用事で東京に行った1月、妹ともえ宅に1泊し、翌日協会に寄りました。
休日で閉まっていたため、スタジオに寄った時の記事↓


講義講習会、最初に協会理事長  田中先生のご挨拶からスタート。
久しぶりに理事長のお話を伺いました。



日本マタニティビクス協会が設立されたのは1985年。36年前。最初の学会講演・研究発表は1983年だから、協会設立前から理事長は妊婦の運動推進活動を始めていたということになります。
2008年に一般社団法人 日本マタニティフィットネス協会に改組。


1980年代、日本にエアロビクスが入ってきて、最先端のおしゃれな運動として、日本で流行り始めていました。


今でも、日本産科婦人科学会では、妊婦が運動することに対してあまり積極的ではありません。
西洋医学ベースの医療の中で、運動療法は積極的に取り入れられているのに、産科だけは変わらない。
そういう古い体質を続けている業界。


だから、当時は、産婦人科医が自らエアロビクスインストラクター養成コースに通い、エアロビクスインストラクターになって、妊婦さんに運動指導をするなんて、考えられなかった。
田中理事長は、産婦人科医の異端児、風雲児であり、妊婦の運動療法のレジェンド。


看護学生時代に、妊婦体操に関心が湧き、臨床助産師として働いた2年間、リアルに、いいお産のためにはからだづくり・運動が必要だと感じていました。


平成元年、結婚退職後から本格的にマタニティビクスインストラクターを目指し、講習会で平成2年に初めて田中理事長にお会いした時の衝撃はスゴかった!


マタニティビクスインストラクターの資格取得後すぐに、エアロビクスインストラクター養成コースに通い、平成3年からエアロビクスインストラクターとして活動開始、今に至ります。あれから30年。


助産師ボディケアトレーナーとして、からだづくり・動作づくりとセラピー提供の原点は、マタニティビクス。
理事長への感謝の気持ちで、今まで協会ディレクターであり続けてきました。


久しぶりにお会いした田中理事長は、平成2年と変わることなく、妊婦の運動の重要性を熱く語られました。
人は動物。動いてなんぼ。シンプル。
この時代だからこそ、適度な運動は必要だという考えは同感。身が引き締まりました。
御年88歳。湧き上がるエネルギーの源は何だろう。




参加者は全員助産師。
私の30年を出し惜しみなくお伝えし、参加者・実技担当の岡嵜さんと共に、エキサイティングな時間を共有しました。
やり切った〜


終了後、田中理事長、倉澤理事、実技担当岡嵜さん、運営スタッフ代表石井さんと、話し合いをすることになっていて、その結果によっては、今日の仕事が最後になるかも知れないと覚悟していました。


今の協会の状況、田中ウィメンズクリニック閉院後の理事長と協会の活動展望を伺いました。


私が一番知りたかったのは、2020年の今、
マタニティビクス  という登録商標の生みの親である理事長が、その名称にこだわり、それを残したいのか?
それとも、名称を時代に合うように変更してでも、つまり、マタニティビクスを捨ててでも、妊婦の運動は必要だという世の中に変えたいのか?ということでした。


エアロビクスの時代はとっくに終わり、妊娠世代にマタニティビクスという言葉では何をやるかが伝わらなくなってから久しいわけで。


妊娠世代の低体力化が著しく、その上仕事をする女性が増え、昼間にマタニティビクスをやりに来る妊婦は激減しているわけで。


多くの協会登録施設でマタニティビクスインストラクターがクビになって職を失い、マタニティヨガだけ提供するクリニックが増えているわけで。
だから、協会会員はここ数年激減しているわけで。


助産師は、マタニティビクスインストラクターになりたいわけではなく、それぞれの妊婦に合ったボディケアを伝えたいだけなわけで。


協会で中心になってプログラムを開発提供してきたのは、助産師ではなく、フィットネス業界の方。
フィットネスの土俵に助産師を引っ張り込むスタイルで、上に立とうとしてきたわけで。


何もかもが、助産師と妊婦さんのニーズに合っていない!いったい誰のためのマタニティフィットネスなのか?


はっきりとそれを申し上げました。


さて、理事長の返事は?
僕はマタニティビクスってことばにこだわりはないんだよ。僕の悔いは、妊婦の運動は必要だということが、産婦人科医の当たり前にならなかったということなんだ。
正直、協会を閉めなきゃならないのかと思っていたんだけど、若い先生たちで興味を持ってくれる人がいるから、もう一度頑張ってみようと思うんだ。
だから、名前なんか変えていいから、楽しいことをやりたいんだよ。


ひえーーっ👀   
岡嵜さんと顔を見合わせ目をぱちくり。
理事長は、どん底を見て、変わられた。
2020年、風の時代。
それなら、
楽しいことをやって風に乗ろうじゃないの!


さて、新生日本マタニティフィットネス協会、
どんな展開になるか、わくわくですな口笛
左から、
運営スタッフ石井さん、
実技担当 岡嵜さんと。



その後、岡嵜さんと2人でいろいろな話を。
へーっそうだったんだ〜 爆笑キョロキョロびっくり
これ、どうしようか?ニコニコラブ爆笑
 的な話で盛り上がり、楽しい夜になりました。
岡嵜さんと私の共通の考えは、協会の次世代スターに引き継ぐ役目を担おう  ということ。
それを目標に、何ができるか今はまだわかりませんが、ブレずに、楽しく、やらせていただく所存です。