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It became it so why

VF5Rブログではなくなりました。

 どうにも世間の常識から逸脱し続けて約30年が経ちますが、理解されない事が多いのがカギ。


まあ普通に考えたら、一般常識の備わった人が周りに多いっていう事自体は当たり前の状況なのかも知れないけれども。


逸脱してる訳だから、ある程度までの理解をされる事も稀と考えなければいけないのかとも思う。


というより最近は、逸脱うんぬん以前に個人の思考の理解者なんてものは存在しないという気さえする。

なるべく近い思考の持ち主同士が、良き(よく似た)理解者として共存しやすいだけの事だったりするんだろう。


そんなまさしく常識的な事はさておき、果たして自分という存在はいつまで逸脱し続けるのだろうか?

例えば海外に住んでいればここまで逸脱したと考えるまでに至っていただろうかとも思うし、日本特有の常識感覚というモノが在る気もする。

と言って今後海外に永住する予定もないし、自分が適応してない事は置いておいて日本的なモノが嫌いではないし断固拒否したい訳でもない。


ただ一つ言えるのは、ありきたりのというか普通という状況に身を置くのが億劫なのだ。

ソレがすなわち不適合という事なんだが。

こういう話になると社会・世間を現実問題変えられない場合、自分が変わらなければならないという結論にしか辿り着かない。

もしくはその世間の中で自分を騙すなり自己暗示的な方法で共存するしかない、という事になる。

 

 自分自身では【個】というモノに執着は無いと思っているのに現状はその【個】あるいは【我(が)】のようなモノが世間とはズレており、それでいて『反社会的』とかそういう反対勢力のベクトルでもないというのが、かえって問題を複雑にしてるのではないかと思う。


単純に「こんな世界変えてやる!」というパワーに溢れてる方がよっぽど楽だと思うし、ある意味生きやすいことだろう。つまりは【個】の消失が自分自身の居場所を自ら消していると言ってもいい。


そんな自虐的な因果応報の主張をこんな所で書いている事自体ナンセンスだが、解りやすく言えば



前向きにも後ろ向きにも進めない



おそらく現状を表す言葉としてはコレが一番近いと思われるのでハッキリ言うと今は仕方ない。


そしてその状況と、そこに至るまでの経緯は、初めの世間の常識からすれば明らかに逸脱しているだろう。



自分探しする年でもないし【個】に執着の無い今、自分も必要ではない。

だが世間というモノは【個】の集まりであり、ソレのぶつかり合いや、混ざり合いで出来ている。


存在意義とかそういう話に繋がりそうでもあるけれどソレとも少し違う。

自分という役を演じてるもう一人の自分は、己と見つめあう事を嫌い「私はこうあるべき!」という主張を持たない。

真の自分に意味など必要としていない自分も居る。

当然表面上、現段階で為すべき事を理解し困窮する自分も居る。

別に多重人格という訳ではないし、全てが私自信であり、私自信以外の全ての他人(ひと)から影響は受ける。そして受けた影響を取捨選択して反映させ行動に移すのもまた私自身でしかない。



言い方は悪いが、突き詰めていけば全ての事柄が結局は超個人的な問題でしかないのだ、コレは世間も社会も国も関係なく人間である限り不変である。


群れで行動する渡り鳥だったら集団行動が最重要だろう、ボス猿がいて派閥があってという猿社会もそうだろう。


まあ考えようによっては日本の会社社会なんて猿山と大差ないが、最終的に超個人的判断が全てなのは人間として不変の事実であると思う。


極端に言えば、銃口を突き付けられ昨日までの友達を内戦で打ち殺す判断も、違法と解ってながら不正な政治献金受け取る判断も、このページ読んだら寝ようとその日その日のネット依存から抜け出す判断も、森羅万象自分自身が行う全ての事柄は結局のところ自分が決めて行動するしかない。


ただ唯一救いがあるとすれば、自分以外の全ての人間が、その判断を変えうる影響を与えてくれる可能性を持っているという事だ。

ソレを受けるには受け止める準備もいるし度量もいる、アンテナも広げなければならないし聞く耳も持たないといけない、全部の影響を受けるという事は不可能だし、何の影響も与えてくれない人のが多いだろう。そのうえでソレを選別する判断はやはり自分しか出来ないのだけれども。



それでも世界に自分一人しかいなかったら反省や後悔は出来るが、影響を受けるという事は無い。

そういう意味でも超個人的な人間という動物は一人では生きていけない矛盾を持ち続けるのだろう。


誰かと会話をする直接的方法でも、パソコンを通したり間接的方法ででもいい、

影響をもっと受ける必要がある。




その影響が良い物でも悪い物でも。