それから、このような主のことばがありました。

「人の子よ。アモン人の地に顔を向け、その住民に預言せよ。 彼らにこう告げるのだ。神、主が語ることを聞け。おまえは、

わたしの神殿が破壊された時、あざ笑った。イスラエルが苦しんでいる時、これをさげすんだ。ユダが捕囚として連れて行かれた時、それ見たことかと笑った。 それゆえ、わたしは東の荒野からベドウィン族をおまえの地に侵入させる。彼らはおまえのうちに陣取り、住みつき、おまえが育てた作物を全部刈り取り、乳牛を盗んでいく。 わたしはラバの町をらくだの牧場とし、アモン人の住む全地を羊の放牧地として荒れるにまかせよう。その時、おまえはわたしが神であることを知る。」

 

神である主はこう語ります。

「おまえはわたしの民の滅亡を見て手をたたき、足を踏み鳴らして喜んだ。 それゆえ、重い罰を加え、多くの国を侵入させて、おまえを廃させる。国として立ち行かなくなるまで滅ぼそう。その時、おまえはわたしが主であることを知る。」

 

神である主はこう語ります。

「モアブ人は、『ユダの国も他の国と変わらないではないか』と言った。 9-10 それゆえ、わたしはモアブの東の国境を開け放ち、モアブ人が誇りとしているベテ・ハエシモテ、バアル・メオン、キルヤタイムの町々を掃討する。東の荒野から来るベドウィン族が、アモン人に対するようにモアブにもなだれ込む。モアブは国々の間から抹消される運命にある。 11 こうして、わたしのさばきが下る時、彼らはわたしが主であることを知る。

 

即、思い出すみことば

敵が倒れるのを見て喜んではならない 箴言

神の原則だろう

 

ユダ滅亡は神の御心であったのに、どうして

とも思うが、それは神のイスラエルにあったご計画

モアブ人はそのことを知らないし、むしろユダの滅亡を神の弱さと捉えている→神殿が破壊された時あざ笑った

 

見えてくるのは、モアブ人がユダを笑うところの根底に、神への侮りが強いことだ

主は、ご自分が主であることを知らせるために、モアブにさばきを下されると言われる

 

この構造は、今、世界の潮流に符号してくるところがはっきりとある