17 私を長く生かして、
いつまでもお従いできるようにしてください。
18 私の目を開いて、おことばの中に隠されている、
すばらしい祝福を見させてください。
19 私はこの地上では旅人です。
あなたの命令が私の地図であり、道案内なのです。
20 私はあなたの教えを、
どれほど切望していることでしょう。
21 あなたは、言いつけを守らず、
思い上がった者たちをおしかりになります。
22 彼らが、あなたにお従いする私を
さげすんだりしませんように。
23 たとえ、町の名士らがそろって非難してきても、
私は、あなたのお定めになった道から
一歩もそれません。
24 あなたのおきては私の光であり、相談相手です。
25 私は失望のあまり、ちりの中にはいつくばっています。
おことばによって、生き返らせてください。
26 私の考えを申し上げると、
あなたは答えてくださいました。
どうか、指示をお与えください。
27 何をお望みなのか、私に教えてください。
そうすれば、私はあなたの奇跡を見ることができます。
28 私は悲しみのあまり涙を流し、
すっかり滅入ってしまいました。
どうか、あなたのおことばによって
私を勇気づけ、奮い立たせてください。
29-30 どうか、いっさいの過ちから守り、
そのような資格もない者ですが、
私があなたのおきてを守れるよう助けてください。
私はすでに、正しい道を歩もうと決心したからです。
31 私はあなたの戒めを堅く守り、
力を尽くして忠実に従います。
主よ、どうか、さまざまな失敗からお守りください。
32 あなたのお心に従いたいと思うように助けてください。
そうすれば私は、あなたのおきてに
さらに情熱を傾けることができるでしょう。
wowですね。
私が祈るべき、祈りの内容が歌われています。
特に、この祈りが必要だと思わされるのは
「あなたのお心に従いたいと思うように助けてください。」
原語がどうかも大事なのですが、ニュアンスがすごくわかるものです。
従いたい思いはありながら、気を取られたりするものばかりがあります。
そのようなもの一切関係なく、あなたに従うことに喜びを見出していけるように、という祈りは、確かに私にもあります。
何と言うか、天真爛漫な感じで神に従うことこそ喜びだと言える人っています。
私もそうなりたいと思うのですが、性格である”天真爛漫”を獲得することなんて出来ません。
やはり、信仰です。そして、神にそれを求めていくステップが必要だと感じます。
なんと言うか、今のままの自分の明け渡しということなのですが、それを続けていくことが私には大事だと思います。
今日は、祈りです。
まさにタイムリーとも言える内容がありました。
「さまざまな失敗からお守りください。」
ちょうど、仕事で大きな失敗をしてしまいました。昨晩も遅くまでそれに追われてしまったのですが、今、この祈りが必要です。神に助けを求めるという必要です。
失敗の無い人生というのはあり得ませんが、失敗が少ない人生はあり得ます。
そういう人って確かにいます。
しかし、本当の人生の失敗というのは、仕事や人間関係でやらかすことではなく、神を知らずに生きて死ぬことです。偽物の神を知って死ぬことも、大失敗の人生だと私は思います。
その点で、私は自分がどれほど祝福されたかもまた感じられます。
仕事や人間関係で、今もこれからも失敗はするけれど、それによって神に会えるというのは、実は失敗が少ない人生よりも、良い人生なのではないかと。
もちろん、失敗したいわけではないのですが、そのたびに祈ること、そのたびに悔い改めることによって神に近づくことを学ばされています。