13 神である主はこう語ります。「イスラエルの十二の部族に土地を分割するときは、次のようにしなさい。ヨセフ(エフライムとマナセ)の部族には二区分を与えよ。 14 他の部族には、それぞれ平等に一区分が与えられる。わたしはあなたがたの先祖に、土地を与えると約束した。今、その土地を受け継ぐのだ。

15 北の境界線は、地中海からヘテロンに、さらにレボ・ハマテからツェダデに、 16 ダマスコとハマテの境にあるベロタとシブライムを経て、ハウランの境にあるハツェル・ハティコンに至る。 17 つまり地中海から、北はハマテと、南はダマスコと接しているハツァル・エナンまでである。 18 東の境界線は、ハツァル・エナンからハウラン山へと南下し、そこで西に曲がってガリラヤ湖の南岸から、イスラエルとギルアデとを分けるヨルダン川に沿って死海に下り、さらにタマルに至る。

19 南の境界線は、タマルから西に向かってメリバテ・カデシュの泉を通り、エジプト川(ワディ・エル・アリシュ)に沿って地中海に至る。

20 西側は地中海が境界線で、南の境界線から北の境界線が始まる所までである。

21 これらの境界線の内側を、イスラエルの部族に分割しなければならない。 22 その土地をあなたがたと、あなたがたの中に住んでいる外国人の相続地として割り当てるのだ。イスラエルの地で生まれた子どもはみな、たとえ親が外国人でも、イスラエルの市民権が与えられ、あなたがたの子どもと同じ権利を与えられる。 23 このような移住者全員に、現在住んでいる部族の間で土地を与えなければならない

 

土地の分配についての言及が出て来るあたり、ヨシュアの時代を思い起こされますし、ここから新しいイスラエルが築かれていくという高揚感すらあります。

ただ、見逃せないところがあります。エゼキエル書ははじめて読むものではないですが、これは見落としてはいけないところです。

外国人に関しての待遇の決まりです。

 

イスラエル部族への割り当ての他、イスラエルの地で生まれた子には親が外国人であっても市民権が与えられて、イスラエル人とされるのだと。しかも、土地が与えられるところまで決められていますから、これは大きな変化です。

 

王国が腐敗に至った経緯に、外国人の存在を見過ごすことは出来ません。

外来の偶像礼拝が、イスラエルを堕落と腐敗へと向かわせました。そして、滅んだわけです。

ところが、その外国人を排除するどころか、むしろ歓迎とすら取れるような制度を神はお考えです。もちろん、誰かれなく、ということではなく、イスラエルで生まれていることが条件ではあります。

神は、アブラハムとの契約の内容を変更されたのか。そんなはずがありません。

アブラハムの子孫を通じて全ての人を祝福するという約束について、フェーズが進んだと読むろところかと思います。

 

私はイスラエル人ではありませんが、この神の約束の中で祝福されたのですから、この新しいイスラエルの決まり事が祝福であると感じます。

神は、進められましたし、進められています。

 

自分自身に目が行く時、落胆することがとても多いですが、神にもっと焦点を合わせると、そこには落胆ではなく期待とか確信に向けての前進があります。

私が勝手に落胆している時にも傲慢になっている時にも、神は着実に進めておられるからです。

 

今日、この外国人へのくだりから、新しい心が与えられていると思います。

それは、外国人をあきらめない、ということです。ここで外国人と言うのは、到底この神を信じるはずがないと思える人、のことを指しています。

神はこのようにして、祝福をあきらめておられないことを見せてくださるのですから、逆境にあったとしても、神を信じてあきらめないことだけが肝心です。