エホヤキン王が投獄されて十年目の第十の月の十二日に、主から次のようなことばがありました。
2 「人の子よ、エジプトの王と民に預言しなさい。
3 神である主がこう語る、と告げよ。
川の真ん中にいる巨竜のようなエジプトの王よ。
わたしはおまえの敵となる。
おまえが、『ナイル川は私のものだ。
私が自分のためにつくったのだ』と言っているからだ。
4 わたしは、おまえのあごに鉤をかけ、
うろこについた魚ごと岸に引き上げる。
5 おまえを魚もろとも、死ぬまで荒野に放っておく。
遺体を葬る者はいない。
わたしがおまえを野獣や鳥のえじきとしたからだ。
6 イスラエルがわたしに頼る代わりに
おまえに助けを求めた時、
おまえにはそれだけの力がなかった。
そのことから、おまえたちはみな、
わたしが主であることを知るようになる。
7 イスラエルはおまえに寄りかかった。
だがおまえは、ひびの入った杖のように折れた。
イスラエルは肩を砕き、痛みのあまりよろめいた。」
8 それで、神である主は語ります。「ああ、エジプトよ。わたしは軍隊を送っておまえを攻め、人も家畜もみな滅ぼす。 9 エジプトは荒れはてる。その時、エジプト人は、このようにしたのは主であるわたしだと知る。おまえは、『ナイル川は私のもの。私がつくったのだ』と言っている。 10 それゆえわたしは、おまえとその川に向かって立ち上がり、ミグドルからセベネ、さらに南のエチオピヤとの国境に至るまで、エジプト全地を完全に滅ぼす。 11 四十年間、誰ひとり、獣一匹さえエジプトを通らないだろう。もちろん、住む者もいなくなる。 12 エジプトばかりか周囲の国々も荒廃させ、町々も四十年間、荒れ放題にする。わたしはエジプト人を他の国々に追い散らす。」
13 主は語ります。「四十年が過ぎたら、エジプト人を散らされていた国々から連れ戻そう。 14 エジプトの富を回復し、彼らが生まれ育った地、南エジプトのパテロスに帰らせる。だが、もうエジプトは、何の影響力もない小国となる。 15 すべての国々の中でも最小の国となり、二度と他の国の上に立つこともない。今までのような大国には決してなれない。 16 イスラエルも、二度とエジプトに助けを求めたりはしない。助けを求めようとするたびに、以前の苦い失敗を思い出すからだ。こうしてイスラエルは、わたしだけが神であることを認めるようになる。」
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エホヤキン投獄なのでバビロン捕囚時代
イスラエルの動きも明白で、エジプトに助けを求めていた頃
エジプトの当時もツロにどこか似ているよう「ナイルは私のもの」
神無きものとし、自分の力が国力に反映されていると疑わない
こういう王や指導者というのはいつの時代にも共通して、王自身への信仰のような忠誠を求めるものだ
イスラエルはそのようなエジプトに頼ろうとしているが、神は、ひびの入った杖だと言われる
歴史がそれを証明している
エジプトはイスラエルを守らなかった、結局
ここで、神がイスラエルを滅ぼされるに至った主旨が見えて来る
ヨシュアがカナンに入った時、ギデオン時代、ダビデの軍、どんな時も、イスラエルの力はその弱さのゆえに働き、普通では考えられない勝利が与えられてきた
しかしこのバビロン捕囚という、イスラエル王国”解体”のはじまりの頃、イスラエルは神ではなくエジプトを求めていた
預言者を通じて語られたとしても、イスラエルは王国のままをまだ保っていたと言える
必勝の神、というと誤りが出て来るが、最善をもたらされる神ではなく、軍事にすぐれていて繁栄していながら神無きものとしいる国に希望を持っていた
神はイスラエルのここを解体されようとしていたのだろうと見えて来る
というのは、怒るに遅い神がイスラエル王国をついに解体されて、それが頼ったエジプトもまた散らされるといわれている
頼る先をも解体してしまおうとされるのは、完全に神のプランであることが見えるからだ
そして、イスラエルが神に頼らない性質から神への依存に帰る信仰の回復は、エジプトも40年後に回復させるといわれているのは興味深く、ここに神のご性質を感じなくてはと思う
それらは結局、そういう一連のイスラエルの回復を俯瞰して「わたしが主であることを知る」ためなのだとわかってくる
これもまた、出エジプトと同じく、語り継がれるべき霊の遺産ということだ
「わたしが主であることを知る」というのは、何なのだろうというところにも辿り着くが、一つは創造者であられること
つまり、この世を意図を持って存在させ維持されている全ての根拠であられるとうことになる
もう一つは、これは更に人に関係してくることだが、さばき主であると同時に赦し主でもあられるということ
創造の根拠とは違う生き方をしてしまう人が溢れかえるが、これを鉄槌だけではなく、その赦し、めぐみによって回復させる力が神にはあられることも覚える
神は絶対的正義者であられるが、ネロではない
人の愛し最善を知ってそこへとみちびかれるお方であることを信仰の基礎としていかなくてはと思った
今日のみことばからは、何に頼るか、が示された
私には、世の強者、権威者への依存は一定の頻度で発生していることだ
しかし、それが自分の存在そのものを根拠づけるものになってしまえば、これは王国イスラエルやエジプトと同じになってしまう
私が存在している理由と、私にとっての最善を知り、ガイドしてくださるのは主であることをはっきりと告白して心を改めたい
御心がわずかに見える思いがする、神は創造された人側からの信頼を求めておられる
それを求めるなら遮蔽物となっている罪は除くと言われる
王国イスラエルの回復に似ている
程度なのか、何なのかはわからないが、とにかく神への依存を強めて支配される日としよう
それが神の存在を知ったものの応答だろうから