エホヤキン王が捕囚となって十一年目のその月の第一日、主から新しいことばが示されました。
2 「人の子よ。
ツロはエルサレムの滅亡を喜んで、
『それ見たことか。エルサレムは地中海沿岸と、
ヨルダン川沿いの南北に通じる通商路を支配し、
利益を得ていたが、ついに打ち破られた。
あとは私のものだ。
エルサレムが廃墟になったので、
私は金持ちになれる』と言った。」
3 それゆえ、神である主はこう語ります。
「ツロよ。わたしはおまえを攻める。
波が打ち寄せるように、
たくさんの国が次から次へと攻め寄せる。
4 彼らはツロの城壁を破壊し、やぐらを倒す。
わたしは、その土を削り取って、
そこを裸の岩にしよう。
5 島には、住む人もなく、
ただ漁師が網をしかける場所となる。」
これを語ったのはわたしであると、
神である主が言います。
「ツロは多くの国のえじきとなる。
6 本土にあるツロの町も剣によって滅びる。
その時、彼らはわたしが主であることを知る。」
7 神である主はこう語ります。
「北から、王の王であるバビロンの王
ネブカデネザルを連れて来よう。
彼は騎兵と戦車の大軍を率いて、ツロに攻め寄せる。
8 まず、周辺の村々を攻略し、
それから本土の町を包囲してとりでを築き、
盾を屋根のように掲げて攻撃する。
9 破城槌で城壁を突きくずし、
大づちをふるってとりでを粉砕する。
10 騎兵隊の巻き上げる土煙で、
町は息もつけないありさまとなるだろう。
打ち破られた城内から、
戦車を引いて疾駆する馬の地響きに、
城壁は震え上がるだろう。
11 騎兵たちが町にひしめき、
住民を片っぱしから殺して回る。
あの名高い、大きな柱も倒される。
12 財宝も商品も残らず略奪され、城壁も打ち壊される。
快適な家は取り壊され、石も木も、そしてちりまでも、
海に投げ捨てられる。
13 わたしは、おまえが歌うのをやめさせる。
もう竪琴の音も聞こえなくなる。
14 おまえを裸岩とし、
漁師たちが網をしかける所とする。
おまえは二度と建て直されることはない。
主であるわたしが言うのだ。
15 おまえがくずれ落ちる響きで国中が震え、虐殺が続けられる中で、傷ついた者たちが悲鳴を上げる。
16 その時、海辺の諸国の指導者たちは、王座から降り、王衣も美しい衣服も脱ぎ捨て、あまりに恐ろしい光景に、身を震わせながら地に座り込む。 17 彼らはおまえのために嘆き悲しみ、こんな哀歌を口にする。
『ああ、難攻不落を誇った港の町。
その強大な海軍力が本土を恐れさせたのに、
どうして海に消えてしまったのか。
18 島々はおまえの滅亡に恐怖に駆られ、
おびえたまなざしで見つめている。』」
19 神である主は語ります。「わたしはツロを完全に滅ぼす。ツロは大洪水のような敵の猛攻撃で、その下に沈められる。大海がおまえをのみ込んでしまうのだ。 20 わたしはおまえを地獄の穴に送り込み、昔の民といっしょに横たえさせる。町は荒れはて、死の町となる。再び人が住むことはなく、その美しさを取り戻すこともない。 21 わたしはおまえに恐ろしい最期を遂げさせる。いくら捜しても、おまえを見つけることはできない。」このように主が語るのです。
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次はツロ
アモン、モアブ、ペリシテ、エドムそしてツロ
神によってなされた王国イスラエルの滅びを「あざ笑った」ために神の怒りがくだった
紀元だけを見ても、隆盛を誇った国がどれほど続いているか
覇権国家は入れ替わる
隆盛をきわめた国家はやがて衰退する
その没落を見て「あざ笑う」
または弱い国家を「あざ笑う」
強国が弱国の弱弱しさを「あざ笑う」ことが外交のシーン
聖書とは直接関係ないが、神の主権が絶えず歴史に動いているとも考えられる
例えばここでは神は「王の王ネブカデネザル(信仰者ではない)を連れて来る」と言われている
「再び人が住むことなく・・・」町としては復興したが、同じ隆盛が築かれることがはかった
スペインもポルトガルもオランダも英国も・・・派遣国家に舞い戻ったことがない
神がツロにくだされた怒りは
他国の苦しみを嬉しがった
その他国の損失を自国利益とした
繁栄がゆえの高ぶり
これは何か、ということ
神はおられて主権を振るわれているにも関わらず、神などいないとはばからなかった
それが招いた罪ではないか
金持ちが罪ではない
金のために罪をいとわない・金の為なら仕方ないと割り切る=神無きものとして生きる=神以上に金を信頼する、この構造→そこらじゅうにある
個人として問われるものはいつも同じだろう
イエスと共に歩いているか
歩いていれば、
仕事の競争相手の失敗を笑うことはない→イエスはそんなことされない
金のために汚いことをする→イエスはそんなことはされない
イエスは”商機”を探しておられるのではないから
歴史、仕事、すべての領域で神がその主権をもって働かれることを覚えて、平安を覚えるように生きるべき
今日の実践としては、他人の失敗を笑わないこと
神に「〇〇よお前を攻める」と言われないために