ハレルヤ。
主に仕える人々は、主の御名をほめたたえなさい。
2 永遠から永遠まで、
主の御名がたたえられますように。
3 夜明けから日没まで賛美し続けなさい。
4 主は国々を高い所から見下ろし、
ご栄光は世界中に満ちています。
5 これほど高い御座についておられる神である主を、
ほかのだれと比べることができましょう。
6 主は、はるか下の天と地を、身をかがめて眺めては、
7 弱い者や、飢えた者を拾い上げ、
8 人々の指導者とされるのです。
9 不妊の女は子宝に恵まれ、幸せな母親となるのです。
ハレルヤ。神をほめたたえなさい。
夜明けから日没まで賛美しなさい
神は弱い者や飢えた者を人々の指導者にされる
不妊の女に子を授けるお方だから
詩的な表現として読むことも出来るが、これは比喩ではなく神のご性質と言える
弱い者を引き上げられるという点では、聖書はまさにその記述書ではないか
ヨセフは、モーセは、ダビデは、弱い者であったのに大きく用いられた
宗教者としてではなく、世の指導者として
ハンナ、サラ、リベカ、ラケル、エリサベツはどうか
神のご介入を当事者として経験した
もちろん全ての弱い者、全ての不妊の者がそうなるというわけではないから、詩的と言うのだが、賛美そのもの神を称える言葉そのものだ
夜明けから日没まで賛美は大袈裟なのか、これも詩的なのか
信じる者は、そうなるし、信じていてそうでもない者も、気づかされていくもの
その気づきに関するところが、弱い者を引き上げ、不妊の女に子を授ける方ではないか、そういうお方ではないか、と
そういうお方、どういうお方か
神は高いところにおられて信じる者とは無関係なのか
高すぎて見えないお方なのか
そうじゃないよ、とここで賛美とともに教えている
信じる者からよじ登っていくのではなく、神から身をかがめて下である人間のところを注視しておられる、あわれみをかけてくださる
これらってつまり、イエス・キリストを表していると言えるな、と思った
弱い者であること、世の中では賞賛されない者であることについて、悲観するのはやめよう
神は信じる者を、そのままで放っておかれないお方
だから、賛美は溢れ出す