15 「ほら、オルパは里へ帰って行ったわよ。あなたもそうしなさい。」

 

16 「お願いです、お母さん。私を放り出さないでください。お伴させていただきたいのです。お母さんといっしょに暮らしたいのです。お嫁に来た以上、私もお母さんと同じ民です。お母さんの神様は私の神様です。 17 どうぞ、いつまでもおそばに置いてください。私たちを引き離すものは死だけです。もしおそばを離れでもしたら、主が幾重にも私を罰してくださいますように。」

 

18 ナオミは、ルツの決心が固く、これ以上説得してもむだだと知ると、もう何も言いませんでした。

 

 19 こうして二人はベツレヘムへ帰り着き、村中がそのことでわき立ちました。女たちは、「まあ、ほんとうにナオミさんかい」と言って騒ぎましたが、 20 ナオミは答えました。「お願いだからナオミなんて呼ばないで。マラって呼んでちょうだい〔ナオミは「心地よい」、マラは「苦い」の意〕。全能の神様に、ずいぶんつらい目を見させられたんですから。 21 満たされてイスラエルを出て行ったのに、すべてをなくして帰って来たのです。主に見捨てられてこんな不幸に陥った私を、どうしてナオミなんて呼ぶのでしょう。」

22 ナオミとルツがモアブからベツレヘムへ帰り着いたのは、ちょうど大麦の刈り入れが始まったころでした。

 

ルツが感情だけにまかせた判断で、死んだ夫の母であり同じく未亡人のナオミと共にイスラエルに入ったのではないことが明らかになりました。

明確に信仰告白しています。

 

モアブ人であるルツは、結婚する前までは、偶像信仰をしていた可能性が高いと思われます。

そんなところに、イスラエルの神、この聖書の神への信仰の扉が開かれました。

イスラエルからやってきた夫とその母であるナオミ一家によります。

 

そして、ルツの夫が死に、その夫の母ナオミも夫を亡くしていますが、ナオミ自身を通じて信仰が生きました。

ルツは与えられるのではなく、進んでつかみにいく霊的な「選択」をここで実行したということになります。

 

ものすごく大事な要素が詰まっていることが、みるみる明らかになってきています。

ルツは、

・偶像礼拝の背景を持っている

・女性

・イスラエルと緊張関係にあるモアブ人

それでも

・この本物で唯一の神への信仰を「選択」

そして

・ダビデの曾祖母→イエスの系図へ

 

これを神のご性質から投影してみると、

◎神は特定民族だけの神ではない

◎信仰によって受け入れられる

◎過去の背景は信仰を妨げない

となります。

 

なんと重要なみことばを読んでいるのかと、目を覚まされます。

 

既に信仰者である私がこれをどう受け取るか、です。

オルパとなるかルツとなるか、というのは、実は毎日のように訪れる信仰の訓練でもあると私は思います。

 

オルパの判断とルツの判断を、生活の合理性という角度で見直すと、オルパは比較的見通しの明るい未来を選び、ルツは全く不透明な未来を選んだと言えます。

しかしルツには、揺るがない信仰がありました。

 

ここで教えられることがあります。

「それでその合理性はどうなったのか」という点から明確なこと。

それは、ルツは、直近ではダビデに、そしてキリストにつながったということです。

私は、そんな合理性と霊性は別個に考えるものではなく、ちゃんとつながるように神がみちびいておられるという、信仰、というか、信頼の証が成されているように思えるのです。

神を選択したルツに与えられたものは、合理性どころではない、とんでもないめぐみだったのです。信仰の選択は、不確かな未来などではないということです。

 

今日もまた、そのような天秤があらわれてくるかも知れません。

生活上の合理性、仕事上の合理性を取るか、信仰を取るか。

信仰を選択したとしても、ちゃんと合理的であるどころから、それ以上が成されるのだということを心に置いて、一日を始めたいと思います。