世界中どこででも、
主に新しい歌をささげましょう。
2 賛美の声を上げましょう。
日ごと、だれかに、神の救いを人々に知らせましょう。
3 栄光に輝く主を世界中に伝え、
神のお働きを話して聞かせましょう。
4 主は、ことばで言い表せないほど偉大で、
大いにほめたたえられるべきお方です。
他の神々には目もくれず、
このお方だけを礼拝しなさい。
5 他国の神々は、人が作った偶像にすぎません。
しかし私たちの主は、天を造られたお方です。
6 栄誉と威光が神を包み、
力と美が宮に立ちこめています。
7 世界の国々よ、
主だけに栄光と力があることを認めなさい。
8 主にふさわしい栄誉をささげ、
供え物を携えて来て礼拝しなさい。
9 きよい生活を守ることによって主を礼拝しなさい。
全地は神の前で震えおののきなさい。
10 諸国民に、主の支配が行き渡ると告げなさい。
神の権威はいつまでも落ちることなく、
主はすべての国を公平にさばかれるのです。
11 天は喜び、地は小躍りしなさい。
見渡す限りの海は、
鳴りとどろいて神の栄光を伝えなさい。
12 青々とした野原を見て、ほめたたえなさい。
草の一本一本が、主の偉大さを物語っているのです。
森の木々も、こずえを鳴らして賛美しなさい。
13 主は世界をさばくために来てくださり、
公平で真実なさばきを下されます。
賛美とは何かをあらためて教えられるところです。
世界中のどこでも、捧げることが出来る賛美は、確かにあります。
米国で作られた賛美が、日本語に訳されて日本でも賛美されています。
そして賛美は、ただ一人の神を喜ぶものです。
「色々な神があるけれど、それらは実は一つだ」という、摩擦が起きないようにする宗教的考えも根強いのですが、この詩編でも聖書は「違う」と言うのです。
神との関係における人側の問題を、神の問題としてすり替えないようにしなければならないと思います。
そして、賛美の目的は、世界中がこの神を認めることにもありそうです。
また、重要なことがここで掲げられています。
きよい生活を守ることによって礼拝する、ということです。
ただ歌っているだけでは礼拝にならない、という強いメッセージです。
「騒がしい歌声をわたしから退けよ」というみことばがアモス書にあります。
これと似た意味合いを感じます。
では、きよい生活とは何なのか。これがなければ賛美はただの歌の騒ぎに落ちぶれます。
これが今日のチャレンジなのですが、文脈から感じとることが出来る重要な”最低ライン”は、神の方を向いている、ということです。
手を上げて、恍惚の表情で、美しい歌声で賛美していても、それが神の方を向いていなかったら「そんなものはやめろ」と主が言われているということを、心に刻まなければなりません。
私が所属する教会の賛美チームは、どういうわけか、歌があまり上手とは言えません。楽器も、どちらかと言えば下手くそ。
以前は、スター的な賛美リーダーがいました。バンドそのものがとても洗練されていたのですが、トラブルがあって教会を去りました。
神が「そんなものをやめろ」と思われていた、とは思いたくないのですが、可能性はあります。
現在の技術的には”下手くそ”なチームは、下手くそゆえに、頑張れとか、励ましの意味合いで、教会の一致が生まれていると思います。私はこのこともまた”きよい”のではないかと思うのです。
そして、賛美は、一人のスターによって成されるものではないことを、口には出さないながらも、うちの教会の人たちは皆気づいています。そういう学習が与えられたからです。
今日のみことばは、私にとって、賛美の心得、でした。
歌が上手であることではなく、まず、教会が一致して神に向かって歌うために、私もまた歌わなければならないということです。
そして、そのことは、神の存在を伝える伝道でもあることを、教えられています。